レビュー
6000円以下で購入可能な“ゲーマー向けヘッドフォン”の特徴を探る
Razer Electra
Razer Orca
カズハゴンドウ(Peponocephala electra)からその名が取られたと思われるElectra(エレクトラ)はスマートフォンやタブレット,携帯ゲーム機,ポータブルプレイヤー向けのヘッドフォン兼ヘッドセット。英語読みそのままで,シャチから持ってきたと思われるOrca(オーカ,日本ではオルカとも)は,主にPCやポータブルプレイヤー向けとされるヘッドフォンだ。
どちらも従来的なRazer製PC用ヘッドセットと比べて異質な立ち位置にある製品といえるが,実際のところ,両製品は何に向いていて,その実力はどの程度あるのか。2モデルを並べてチェックしていこう。
PC以外を向きつつ,PCでも使えなくはないElectraと
PC向けだがそれ以外のデバイスでも使えるOrca
●Electra
Electraと付属品一式 |
Electra本体とケーブルの着脱部は,ケーブルを差し込んで回すとロックがかかる仕様で,めったなことでは抜け落ちない。Razerはこういうところで設計が手堅いため,安心して利用していけるはずだ |
Razerの販売代理店であるMSYは,8月31日に,この問題を解決する分岐ケーブルを1500円(税込)で発売する予定だ。なので,今後はRazer製品の取り扱い店でもオプション的に購入できるようになるはずだが,本稿では量販店の店頭で販売されている分岐ケーブルを入手してPCに対応させたので,この点はあらかじめお断りしておきたい。
ヘッドセットとして利用するためのケーブルだと,インラインマイクはヘッドセット側の接続端子から115〜145mmのところへマイクがぶら下がるので,装着時は口元よりもやや下にマイクが来ることになる。
なお,マイクに用意された集音用の孔は1つ。製品情報ページでは無指向性マイクとされているので,その通りの仕様だと見ていいだろう。
一般にはエンクロージャが大きいほど低域の再生能力に優れている可能性が高く,実際,Razerは製品情報ページで,Electraについて「低域特性が強化されている」(Enhanced bass responcse)と謳っている。詳細は後ほどテストするが,おそらくは低域強調型ということになるだろう。
外観からは全体的に硬そうなイメージを受けるものの,イヤーパッドは上辺が長めの台形状で,柔らかいクッションの入った合皮製。しかも,エンクロージャから独立して上下左右に若干の可動域を持っているため,意外と柔軟性がある。
イヤーパッド部はエンクロージャから独立しており,若干の可動域がある |
イヤーパッドは上辺が長い台形型だ。スピーカードライバーのカバーは黄緑 |
エンクロージャとヘッドバンドの間に設けられた長さ調整機構は,プラスチック製のカバーで覆われており,しっかりとしたクリック感があるタイプ。ヘッドバンド部分は表側が黄緑色で,まあとにかく目を引くが,質感はいい。
頭頂に触れる側のクッションは,黒い布で覆われている,やや薄手のタイプだ。細かく空気孔が設けられており,装着時の不快感はない。
ただ,Electraの場合,何も考えずに装着すると,頭頂部が前後に滑る感じがする。装着時にバンド長を気持ち短くしたり,意識的に本体を下側に引っ張ったり(=深く装着する)することで対応できるため,大きな問題ではないのだが,気にはしておいたほうがいいと思われる。
●Orca
ケーブルは細く,メッシュで覆われたタイプで,取り回しやすい。ケーブル長は実測1.26m(※端子部除く)なので,携帯ゲーム機やノートPCと接続するにあたって標準的な長さといっていいだろう。別途,同2.04mの延長ケーブルが付属するので,床置きのデスクトップPCと接続するにあたっても心配は無用だ。
とにかく軽いOrca。ただしその分かどうか,安っぽさもある。全体的なイメージは「Razer Charcarias」ベースの廉価モデルといったところ |
40mm径のスピーカードライバーを搭載するエンクロージャ内部。ネオジムマグネットだと一般には高域の伸びが期待できるのだが,Razerは「低域を重視した設計」と謳っている |
丸形のエンクロージャ部には例によってRazerロゴがあしらわれ,そのほか大部分は黒いメッシュパーツで覆われているのだが,このメッシュはあくまでも外観上のアクセントであり,オープンエア型ヘッドフォンのように,ここから威勢よく音が漏れ出したりはしない。
ただ,なら密閉型かというと議論の余地がある。製品情報ページに,密閉型かどうかの言及はないが,使ってみるとけっこう音漏れがするのだ。たとえば携帯ゲーム機と接続して電車のなかでゲームをプレイするとして,気持ち大きめの音量に調整したら,ほぼ間違いなく白い目で見られるレベルといえる。外出先での利用はお勧めできない印象である。
音を出力する本体であるスピーカードライバーは,標準的な40mm径のネオジムマグネット型。それを囲むイヤーパッドは布製で,個人的には苦手なタイプなのだが,材質のおかげか,本体が軽量で締め付けがきつくないためか,装着時の印象は思ったほど不快ではない。
ヘッドバンド部分は,黄緑色の本体パーツと同じく,基本的にプラスチック製だ。頭頂部との接触部分には,複雑な形にカットされたスポンジが,薄手の黒い布に覆われた形でクッションとして取り付けられている。
装着感は良好。重量バランスがいいのか,気軽にポンと装着してもしっかりとしたホールド感がある。頭を振ってもズレる感じはなく,また,必要以上の重さも感じない。ストレスの少ない製品である。
低強高弱のElectraと
Hi-Fiを意識したOrca
製品概要を押さえたところで,テストに入っていこう。
筆者のヘッドセットレビューでは,ヘッドフォン部を試聴で,マイク部は波形測定を軸にそれぞれテストしている。波形測定の段は,測定方法を熟読せずとも理解できるよう配慮しているつもりだが,興味のある人に向け,詳細を本稿の最後にまとめてあるので,興味のある人はチェックしてもらえれば幸いだ。なお今回から,一部機材を変更している。
テストに用いたシステムは表のとおりで,アナログ接続型製品のテストとなるため,ElectraとOrcaは「PCI Express Sound Blaster X-Fi Titanium」と接続する。Electraのテストにあたっては,マイク付きケーブルのほうを用い,独自入手のケーブルスプリッタによってヘッドフォン出力とマイク入力を分離したうえでサウンドカードとつなぐので,この点はあらかじめてお断りしておきたい。
なお,PCでのゲームサウンド検証には,「Call of Duty 4: Modern Warfare」のマルチプレイリプレイを基本的に用いるが,今回はElectraがモバイルデバイスとの接続を想定した製品であることを踏まえ,PSPと直接接続し,「モンスターハンターポータブル 3rd」(以下,MHP3rd)を実際にプレイしての試聴も行う。
スペック上の周波数特性がElectraは25〜16kHz,Orcaは15〜21kHzなので,それだけ見るとOrcaのほうが低域も高域も出そうなのだが,このスペックはおそらく「大きく落ち込む“前”のそこそこ出ている周波数帯域」のことであって,「フラットに出る周波数帯域」のことではないのだろう。「カタログスペック」というやつである。
試聴した感じだと,Electraはおそらく,100Hz以下がかなり強く出ている。そもそもスピーカードライバー上で低域が強めに出ているだけでなく,16kHz以上の高周波が出ていないため,相対的に低域のほうが強く出ており,それが影響したと見るのが妥当だろう。
なお,Electraだと低周波数の下限が25HzでOrcaだと15Hzという点だが,音楽の場合,50Hzより下は皆が思っているほど出ていない。なので,「15Hzか25Hzか」というのは,よほど特殊な音楽コンテンツを選ばない限り,大きな問題にはならないのである。
以前筆者は,低強高弱の出力特性を「低域が中高域をマスキングするため,音像がぼやける」と述べたことがあるが,それはElectraでも変わらない。ただ,ぼやけ過ぎるほどぼやけるわけではないということだ。「これ以上やるとやり過ぎの破綻寸前,ギリギリの線を狙った」感じがする。ちなみに,音量感(≒音圧レベル)もElectraのほうがOrcaよりも随分と高い。
一方のOrcaは,確かにフラットなのだが,中域にあるボーカルなどの色気は足りない。ちょっと平板すぎる印象だ。ただ,価格まで考慮すると,Hi-Fiの方向でまずまずのところにまとめてきたと評することはできるだろう。Electraのように高域が足りない印象はなく,それでいて低域も十分に出ているため,聴いていて嫌みがない。
そしてこれらの傾向は,当然ながらゲームでも引き継がれる。
今回PCゲームのテストにおいてはCMSS-3Dheadphoneを有効化しているが,低域はElectraのほうが出て,その分中周波の,耳に痛い銃の発射音などは柔らかくなる。また,低周波は強いほどモノラル度を感じさせるが,これが相対的に強く,高周波は強いほど定位感(≒音がどこにあるか)がはっきりするが,これが相対的に弱いため,バーチャルサラウンド出力のサラウンド感は若干弱くなる印象だ。
PSP-3000に接続してMHP3rdと比較するテストでは,1万円前後で購入できる安価なインイヤーヘッドセットから,まずますの性能を持つEtymotic Research製品「hf3」を比較用に用意したが,結果から先に言うと,低域と高域再生の強さはそれぞれ以下のとおりだった。
- 低域:Electra > Orca > hf3
- 高域:hf3 > Orca > Electra
hf3はカナル型インイヤーヘッドセットのなかでも低域の再現性に定評があるのだが,それよりもさらにOrcaのほうが低域の再生は強い。この結果からするに,Orcaは筆者が感じるほどフラットではなく,100Hz〜200Hz付近にある“分かりやすい”低域が少し強められているのだろう。
続いて高域の強さは低域とちょうど逆だが,PSP-3000が搭載するヘッドフォンアンプ特性のせいか,iPhoneに差したときはバランスよく聞こえるhf3が,PSP-3000だと高音が少々強すぎるように感じられた。
定位感はPCでのテスト時と同じくOrcaがElectraよりも1枚上。ゲーム側がバーチャルサラウンドサウンドに対応していないため左か右かという話にはなるものの,どちらの方向にモンスターがいるのか,音で聞き分けやすいのはOrcaのほうだ。
Electraはインラインマイクも低強高弱
サイズや形状の割に優れた特性
次にマイク入力特性だが,序盤で述べたとおりOrcaはヘッドフォンなので,ここではElectraのみをとりあげる。
計測した波形は下に示したとおりで,一見して分かるのは低強高弱であるということだ。前段でElectraの出力傾向が低強高弱と述べたが,マイクでも同様というのは面白い。
マイク特性では,125Hzの周辺がダントツに高く,50Hzより下と10kHz以上ではリファレンスから大きく落ち込んでいく。公称周波数特性は100Hz〜10kHzだから,まずまず公称どおりと述べていいように思われる。
750Hz付近の落ち込みが目を引くが,それ以外に目立った落ち込みはないので,見方を変えれば「50Hz〜250Hzのところにある山を除けば割とフラット」と言うことはできるかもしれない。
このスイートさというのは,以前から指摘しているように,「静かな場所では音楽的に聞こえるのでいい音と感じられる一方,爆音が炸裂するようなタイトルのプレイ中には声が埋もれてしまう可能性が高い」という意味である。とはいえ,ほとんどオマケのような形状のケーブル一体型マイクとしては,相当に優秀な特性と述べていいように思う。大声でしゃべってもとくにエコーが発生したりはしないので,使い勝手もいい。
一点だけ気になったのは,インラインマイクのせいか入力感度が低いことで,PCとの接続時,一般的なアナログ接続型ヘッドセットの場合はサウンドカード側のマイク入力レベルが20以下でいいところ,Electraは40付近まで大きく上げる必要があった。ポータブルデバイスによっては,入力レベルいっぱいに上げてもまだ音量が小さいという問題が生じる可能性がゼロでない点は憶えておきたい。
音漏れは気になるが,どちらも個性的
価格を考えると十分によくできている
以上,ElectraとOrcaを同時に見てきた。使い勝手も音質傾向も大きく異なるため,どちらのほうが優れているとは言いがたいが,どちらも5500〜6000円程度(※2012年8月27日現在)という実勢価格を考えれば,よくできた製品だとまとめることができそうだ。
モバイルデバイス向けで,外出時の利用が想定されている割にはエンクロージャの大きさが迫力ありすぎる嫌いあるものの,これも好みの問題だろう。とにかく個性派でユーザーを選ぶが,ハマった人には価格以上の価値を提供してくれる製品である。
「室内で,PSPなどの携帯ゲーム機を使ってゲームを長時間プレイする」という目的のためにいまからヘッドフォンやイヤフォンを選ぶ人がいるなら,筆者はhf3(※2012年8月27日現在の実勢価格は8000〜1万3000円程度)よりもOrcaのほうを勧める。
ポータブルデバイスは電圧や電流の関係上,低音再生に難のある製品が少なくないが,そういうデバイスと接続したときに,ElectraやOrcaは,フラットなhf3よりも難をうまく補ってくれるだろう。コストパフォーマンスは上々なので,あとは読者の選択次第である。
Razer ElectraをAmazon.co.jpで購入(※Amazonアソシエイト)
Razer OrcaをAmazon.co.jpで購入(※Amazonアソシエイト)
Razer Electra製品情報ページ(英語)
Razer Orca製品情報ページ(英語)
■マイク特性の測定方法
マイクの品質評価に当たっては,周波数と位相の両特性を測定する。測定に用いるのは,イスラエルのWaves Audio製オーディオアナライザソフト「PAZ Psychoacoustic Analyzer」(以下,PAZ)。筆者の音楽制作用システムに接続してあるスピーカー(ADAM製「S3A」)をマイクの正面前方5cmのところへ置いてユーザーの口の代わりとし,スピーカーから出力したスイープ波形をヘッドセットのマイクへ入力。それをヘッドセットと接続して,マイク入力したデータをPAZで計測するという流れになる。もちろん事前には,カードの入力周りに位相ズレといった問題がないことを確認済みだ。
PAZのデフォルトウインドウ。上に周波数,下に位相の特性を表示するようになっている
PAZを動作させるのは,Sony Creative Software製のサウンド編集用アプリケーションスイート「Sound Forge Pro 10」。スピーカーからの信号出力にあたっては,筆者が音楽制作においてメインで使用しているAvid製システム「Pro Tools|HD」の専用インタフェース「192 I/O」からアナログミキサーを経てS3Aという経路を構築しているのだが,今回,ミキサーを,これまで用いてきたMackie(LOUD Technologies)の「Onyx 1202」から,Crane Song製のステレオモニターコントローラ「Avocet」へと置き換え,192 I/Oとの間はAES/EBUケーブルによるデジタル接続とした。
Avocetはジッタ低減と192kHzアップサンプリングが常時有効になっており,デジタル機器ながら,アナログライクでスイートなサウンドが得られるとして,プロオーディオの世界で評価されている,スタジオ品質のモニターコントローラーだ。ドンシャリで中域特性がやや分かりづらかったOnyxを使うよりも正確なレビューができることを期待して導入を決断した次第だ。
測定に利用するオーディオ信号はスイープ波形。これは,サイン波(※一番ピュアな波形)を20Hzから24kHzまで滑らかに変化させた(=スイープさせた)オーディオ信号である。スイープ波形は,テストを行う部屋の音響特性――音が壁面や床や天井面で反射したり吸収されたり,あるいは特定周波数で共振を起こしたり――に影響を受けにくいという利点があるので,以前行っていたピンクノイズによるテスト以上に,正確な周波数特性を計測できるはずだ。
またテストに当たっては,平均音圧レベルの計測値(RMS)をスコアとして取得する。以前行っていたピークレベル計測よりも測定誤差が少なくなる(※完全になくなるわけではない)からである。
結局のところ,「リファレンスの波形からどれくらい乖離しているか」をチェックするわけなので,レビュー記事中では,そこを中心に読み進め,適宜データと照らし合わせてもらいたいと思う。
用語とグラフの見方について補足しておくと,周波数特性とは,オーディオ機器の入出力の強さを「音の高さ」別に計測したデータをまとめたものだ。よくゲームの効果音やBGMに対して「甲高い音」「低音」などといった評価がされるが,この高さは「Hz」(ヘルツ)で表せる。これら高域の音や低域の音をHz単位で拾って折れ線グラフ化し,「○Hzの音は大きい(あるいは小さい)」というためのもの,と考えてもらえばいい。人間の耳が聴き取れる音の高さは20Hzから20kHz(=2万Hz)といわれており,4Gamerのヘッドセットレビューでもこの範囲について言及する。
周波数特性の波形の例。実のところ,リファレンスとなるスイープ信号の波形である
上に示したのは,PAZを利用して計測した周波数特性の例だ。グラフの左端が0Hz,右端が20kHzで,波線がその周波数における音の大きさ(「音圧レベル」もしくは「オーディオレベル」という)を示す。また一般論として,リファレンスとなる音が存在する場合は,そのリファレンスの音の波形に近い形であればあるほど,測定対象はオーディオ機器として優秀ということになる。
ただ,ここで注意しておく必要があるのは,「ヘッドセットのマイクだと,15kHz以上はむしろリファレンス波形よりも弱めのほうがいい」ということ。15kHz以上の高域は,人間の声にまず含まれない。このあたりをマイクが拾ってしまうと,その分だけ単純にノイズが増えてしまい,全体としての「ボイスチャット用音声」に悪影響を与えてしまいかねないからだ。男声に多く含まれる80〜500Hzの帯域を中心に,女声の最大1kHzあたりまでが,その人の声の高さを決める「基本波」と呼ばれる帯域で,これと各自の声のキャラクターを形成する最大4kHzくらいまでの「高次倍音」がリファレンスと近いかどうかが,ヘッドセットのマイク性能をチェックするうえではポイントになる。
位相は周波数よりさらに難しい概念なので,ここでは思い切って説明を省きたいと思う。PAZのグラフ下部にある半円のうち,弧の色が青い部分にオレンジ色の線が入っていれば合格だ。「AntiPhase」と書かれている赤い部分に及んでいると,左右ステレオの音がズレている(=位相差がある)状態で,左右の音がズレてしまって違和感を生じさせることになる。
位相特性の波形例。こちらもリファレンスだ
ヘッドセットのマイクに入力した声は仲間に届く。それだけに,違和感や不快感を与えない,正常に入力できるマイクかどうかが重要となるわけだ。
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