連載
真実は隠されている。「放課後ライトノベル」第116回は『暗号少女が解読できない』で彼女のヒミツを解読しよう!
今回の「放課後ライトノベル」では,第11回スーパーダッシュ小説新人賞の大賞を受賞した,新保静波の『暗号少女が解読できない』を紹介したい。前回の冒頭では,富士見ファンタジア文庫の作品を多数コミカライズしている「ドラゴンエイジ」の名前が挙がっていたが,今回紹介するレーベル,スーパーダッシュ文庫にも,そのような雑誌が存在する。その名も「スーパーダッシュ&ゴー!」。一見すると何の変哲もない雑誌名のように思えるが,実はこの名前には,ある重大なメッセージが隠されていたのだ!
スーパーダッシュ&ゴー……アンドゴー……アンゴー……つまり! 「スーパーダッシュ&ゴー!」は『暗号少女が解読できない』が新人賞大賞を受賞することを予言していたんだよ!!!
ΩΩΩ<な,なんだってー!?
……イタッ! 石は投げないで!
そんなわけで作品内容に合わせて華麗な暗号解読からスタートしてみたのだが,それは暗号ではなく,ただのこじつけだと言われてしまったので,ちゃんとした暗号に興味がある人は今回紹介する作品を読んでほしい。あと,暗号に興味がなくてもラブコメ好きな人は必見です。
『暗号少女が解読できない』 著者:新保静波 イラストレーター:ぐらしおん 出版社/レーベル:集英社/スーパーダッシュ文庫 価格:683円(税込) ISBN:978-4-0863-0701-7 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●突然の告白,突然のラブレター,そして……
人並み外れた記憶力だけが取り柄の高校生・西村拓実(にしむらたくみ)。家庭の事情で5年ぶりに東京から真昼ヶ崎に戻ってきた彼は,転校初日の自己紹介でやらかしてしまい,周囲から思いっきりハブられてしまう。
そんな彼にニコニコと声をかけてきたのが,同じクラスの沢渡遙(さわたりはるか)。ふとしたことで西村の異常なまでの記憶力を知った彼女は,西村の机に次のようなメモを残す。
――伝えたいことがあるので、昼休みに屋上まで来てください。
メモの指示どおり西村が屋上に向かうと,そこで待っていたのは沢渡さんからの「……実はわたし、ずっと前から西村くんのことを知ってたんですよ。あの時からずっと、あなたのことが好きでした」という,それなんてエロゲと言いたくなるような,突然の告白であった。あまりのことに混乱する西村に対して「いくら言っても、言葉だけじゃ伝えられないと思って……」と言って,沢渡さんは手紙を渡し去っていく。
しばらくして,西村が渡されたラブレターをドキドキしながら開封すると,そこにはこんな言葉が書いてあった。
『説明すると長くなりますが、さっきの告白はぜんぶ嘘です。ごめんなさい』
……これは酷い。
さらに手紙を見れば,「ヒントは服」「気づくことができるでしょうか?」「頑張って考えてみてくださいね」「真実は隠されています」などという怪しげな文字列が……。そう,この手紙はラブレターではなく,暗号文だったのだ!
●最初からあとがきまで暗号尽くしなこの一冊
というわけで,本作は世にも珍しい暗号解読を題材にしたライトノベルだ。西村が最初に渡された暗号文を無事解読すると,沢渡さんは大喜び。それからも彼女は,ニコニコと笑顔を絶やさず次々と暗号を作り出しては,西村を暗号の世界に引きずり込もうとする。
しかも普通に暗号を自作してくるばかりではなく,学校の黒板に謎の怪文を残す「カイブン様の呪い」の正体を探るために夜の学校に忍び込んだり,デートの約束をしていたはずなのに姿を一切見せず,西村の行く先々にメッセージカードを残していったり,さらに手作りのお弁当までが暗号になっていたりと,手の込んだ真似をする。
作中に登場する暗号は,解くのに特別な知識を要するわけではなく,答えを教えられれば「なるほどね」と思わず膝を打つような内容になっている。とは言え,頭の中だけで考えるとこんがらがったりもするので,真面目に沢渡さんの暗号に挑戦したい人はノートに問題文を写したりしながら挑戦するといいだろう。
本作は短編形式で成り立っており,一話につき一つ,主要な暗号文が登場するのだが,毎回ただ暗号を解読するだけで終わらず,そこからもう一捻り加えていくという展開が面白い。また,作者の暗号文に対する思い入れはかなり強く,本編だけでなくあとがきにまで暗号文を仕込んでくるほどだ。このペースで暗号を消費していったら,果たして次回作でのネタが残るのだろうかと思わず心配になってしまう。
●解くのは暗号だけではない,さらにその先を目指すのだ
ここまでの紹介を読んで,「暗号とかあんまり興味ないし……」と気乗りしない人もいるかもしれない。筆者自身もその一人で,「レイトン教授シリーズをプレイして,ちょっと答えに詰まっただけで即座にネットで攻略情報を調べるようなこらえ性のない人間には,暗号解読など無理じゃないだろうか」と思っていたのだが,そんな理由で本作を読まないのは大変もったいないと気づかされた。なぜなら本作はラブコメとしても非常に面白いのだ。
本作の大まかな内容は「気弱な主人公が,饒舌で押しが強く,やや露出癖があるヒロインに振り回される」という,ある意味ベッタベタな内容である。それなのになぜ,これほど面白く感じられるのか。
まず,一番大きいのは,女の子の気持ちの描写がうまいこと。何気ない仕草や台詞を丁寧に書くことで,西村が暗号に取り組んでいるときは沢渡さんが楽しそうにしているのが,逆に西村がほかの女子としゃべっていると沢渡さんが不機嫌になっているのが,読者にも自然と伝わってくる。こうした細かい描写のおかげで,読んでいるこちらも思わずニヤニヤしてしまう。
サブヒロインも,遊んでもらいたい年頃の妹に,ツンケンしている後輩に,男勝りな幼馴染みと,これまたベタではあるが,作者の丁寧な書き込みと,絶妙な表情を切り取ったイラストによって,可愛らしさが五割増しである。
そして本作のメインである暗号解読も,ただパズル的な面白さがあるだけでなく,ストーリーの盛り上がりにも大きな影響を及ぼしている。なぜなら本作は沢渡さんが作った暗号を解いて,それでお終いというわけではない。そこからさらに考えを進め,彼女が「どうして暗号を作ったのか?」という理由までたどり着かなければいけないのだ。
本音を隠した少女が想いを暗号に託し,女心を理解しない少年が暗号の解読を通じて少女の気持ちに近づいていく。こうした,遠回りでもどかしくなるようなコミュニケーションこそがラブコメの醍醐味であり,暗号解読を通じて2人の距離が縮まっていく光景が実にいい。一見するとトリッキーな暗号解読というアイデアが恋愛要素と見事に絡み合い,ほかに類を見ないラブコメディに仕上がっている。この作品が大賞を受賞したのも納得の内容だ。暗号が好きな人はもちろん,面白いラブコメが読みたいという人にも自信を持って推薦したい。
■第11回SD小説新人賞の特別賞受賞作もご一緒にどうぞ
今回のコラムは,『暗号少女が解読できない』と同時に,第11回スーパーダッシュ小説新人賞の特別賞を受賞した『God Bravers 君の勇者に俺はなる!』をご紹介。作者は受賞時なんと17歳!
『God Bravers 君の勇者に俺はなる!』(著者:永原十茂,イラスト:コミズミコ/スーパーダッシュ文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
人類――それは神様が作ったコンピュータに巣食うウイルス。もちろん神が本気を出せば簡単に駆除できるのだが,暇を持て余した神々は別の利用法を考えた。神が勇者を操作し,人類を駆除していくゲームを作ったのだ。その名も「God Bravers」。ゲームには当然ラスボスが必要で,そのラスボスである魔王に選ばれたのが高校生の榊ユウト。彼が死んだ瞬間,人類は全滅してしまうという。
突然そんなことを言われても理解できないのが普通だが,ゲーム開始と同時に通学路にモンスターが現れるわ,教室では男子と女子がケンカして魔法を乱発するわと大騒ぎに。しかもユウトは魔王なのに,なぜかレベル1。こんなところを勇者に攻め込まれたら即人類滅亡である。そこで,魔王を守るための四天王を集めることになるのだが,四天王になるにはある条件があって……。
RPGの世界を舞台にした作品は数多いが,それとは逆に現実世界そのものがRPG世界になってしまう作品は珍しい。魔王と勇者といったキーワードや,貧乳でツンデレなヒロインなど,押さえるところはしっかり押さえているし,女の子のピンチを救うため窮地に飛び込むユウトの姿は実に熱い。ギャグとシリアスの落差がどこかぎこちなかったり,魔法のネーミングがシンプルすぎたりと,いろいろ荒削りな部分も目立つが,作者はまだまだ十代。これからの成長をぜひ見守っていきたい。
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