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[GDC 2024]「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」の自由な遊びは,現実的な物理のルールで世界ができていたからだった
物理ベースのゲームプレイと進化したサウンドデザインを軸に,前作「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」からより深くゲームの世界を構成したという本作。リンクの新しい能力による遊びや拡張されたサウンドデザインはどのように手を取り合い,ゲームの魅力をより際立たせていったのか。各パートを担当した開発者によるレクチャーを紹介していこう。
「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」公式サイト
すべてを物理で動く世界に――ルールがあるからこそ面白い非現実
ティアーズ オブ ザ キングダムの基本的な考え方には,前作のブレス オブ ザ ワイルドから引き続き“掛け算の遊び(ゲームプレイ)”があったという。
すべてのオブジェクトは同じルール(物理学や化学など)でつながっており,アクションやオブジェクトなどはフィールドのルールに基づいて相互作用する。それによって生まれる自由な遊びをさらに高めようというのが,ティアーズ オブ ザ キングダムの目指すものだったそうだ。
この“掛け算の遊び”のある世界を目指した取り組みには,大きく分けて二つの重要な要素があったという。一つめは「すべてが物理で動く世界」,二つめは「その世界に構築された専用実装なしで事象が起きる仕組み」だ。
まずは「すべてが物理で動く世界」について。ここでいう“物理で動かす”は,ダイナミックな剛体とコンストレイントで構成されたオブジェクトに質量や慣性モーメントを持たせ,速度や加速度でコントロールすることをいう。
一方で,剛体をアニメーションから計算される速度で無理やり動かす,非物理制御のオブジェクトも存在する。キネマティックな剛体制御と呼ばれるこの方法は,実装が簡単で結果も分かりやすいため,ティアーズ オブ ザ キングダム開発初期にも使われていたそうだ。
ただし,使いやすいぶん気を付けなければいけないこともある。キネマティックに制御された剛体は無限の質量を持っているので,物理計算を破綻させてしまうのだ。例えばかみ合わされた歯車に鉄が巻き込まれると,質量があれば引っ掛かって歯車が止まるところだが,キネマティックだとそのまま抜けて,歯車から突き出てしまうのだ。
実際に,ティアーズ オブ ザ キングダムの開発が進むにつれ,これは現場が大変なことになる原因となった。非物理のオブジェクトとウルトラハンドの自由度の高さの相性が悪く,日々あちこちでさまざまな問題を引き起こしたのだ。「壊れました!」「飛んでいきました!」と飛び交う報告に,「分かっている。後で直すから,まずはやりたい遊びを試していこう」と応え,解決方法を模索したそうだ。
解決の糸口になったのは,ブレス オブ ザ ワイルドでの経験だった。その解決方法というのが,すべてを物理で制御すること。先ほどの歯車の例で言うと,軸が固定された2つの歯車のうち片方をモーターで動かすように変更し,それによってもう一つの歯車に速度を伝えるようにしたのだ。
すべてが物理で制御されるので,質量のあるものを動かすウルトラハンドとの相性に困らされることもない。この経験から,世界から非物理で動かしているものをなくし,すべてを物理制御することで問題を解決することにした。
分かりやすい例が,祠などに出てくるシャッターだ。開発初期は非物理で動かしていたが,これもウルトラハンドで破綻を引き起こすものの一つだった。
シャッターが閉まらないよう,ウルトラハンドでオブジェクト(例の場合は氷)をその下に滑らせるように挟んで,降り切らない状態にして先に進む……という場面は,本作のプレイヤーであれば経験があるはず。しかしシャッターが非物理制御だと,シャッターは氷にぶつからず,すり抜けてしまうことになる。
物理で動かすべきはオブジェクトだけはない。モドレコなどリンクの能力も同様だ。非物理の制御だと,巻き戻された先になにかモノ(例の場合は馬車)があったとき,巻き戻されたモノが今あるモノを壊してしまうということがあった。これも物理によって動かすことで解決できた。
物理による処理は,開発者達にさらなる発見をもたらした。例として挙げられたシャッターを開けるギミックの場合,想定していた解法は「シャッターを開けるボタンのあるところに,氷を溶かしてサイズを合わせてそれを置く」というものだったが,リンクがボタンの上からウルトラハンドで氷を動かしてシャッターの下に置くという,別解が生み出されたのだ。
これこそ開発チームが求めていた掛け算の遊びの一つの形であり,またそれらの結果がすべてのオブジェクトを物理で作ることの正しさを証明してくれた。こうしてプレイヤーの自由な発想を破綻なく実行できる世界が構築されていったわけだ。
“掛け算の遊び”を目指すティアーズ オブ ザ キングダムの世界は,プレイヤーの自由な発想次第でさまざまな事象が起きる世界である。そして,そうした事象は専用実装なしで実現できなくてはならない。
ここでいう専用実装とは,実現したい事象に対して,それ専用のプログラムを用意することを意味している。例えばクルマの場合,「クルマを動かす」ためのプログラムがそれに当たるが,ティアーズ オブ ザ キングダムではそうした実装はしていない。もちろんクルマは作れるが,そのクルマを制御するのはタイヤや操縦桿,木の板といった部品の組み合わせと,それら各部の動き次第だ。
これは,元から用意されているフィールド内のモノも同様だ。タイヤが回って鎖を巻き上げることで開く扉があるが,これも扉を制御するプログラムがあるわけではない。タイヤと石の板,鎖の組み合わせによって実現されている。パドルボートの場合なら,タイヤと木の板の組み合わせはもちろん,そこに浮力や抵抗といった水のインタラクションが加わることで,実現されているのである。
こうした仕組みを実現するために,部品となるモノも,それぞれが物理的なルールで作られている。タイヤはホイール,モーター,シャフトの3つの剛体で構成されており,シャフトはホイールに直接つながっているのではなく,モーターを支えている。モーターによって動体が回転することで地面との摩擦が生まれて推進力を得るわけで,(ホイールとモーターとシャフト一体型のタイヤ自体は独特だが)その仕組みは現実と一緒なのだ。
こうしてすべてが物理で動く世界と,専用実装なしで事象が起きる仕組みができ,新たな冒険世界が構築されたわけだが,これを実現するには欠かせないものがあった。
それはチーム全体で取り組むことだ。例えば木の板は,そのオブジェクトの密度や質量,慣性モーメントなどを自動的に計算して制御されるが,視認性や操作性の観点から現実の板に比べて厚く作られている。つまり見た目までは現実のままではないのである。
自動計算ではうまくいかないケースもあって,それを補正するにはアーティストやゲームデザイナーの連携が不可欠だ。まずアーティストやゲームデザイナーが物理パラメータを正しく理解できなければならない。さらに一つ一つの部品が正しく動いているかをいつでも確認できるよう,すべての事象を確認するための検証部屋も作られた。これにより,エンジニアとアーティスト間の綿密なコミュニケーションが生まれたという。
ティアーズ オブ ザ キングダムの広大な世界を破綻なく作り切るためにたどり着いた,すべてを物理計算で動かすという方向性。これを突き詰めた結果,開発者の想像を超える遊びの可能性を秘めた世界が構築された。それが達成できたのは,「実現したい世界をよく理解している」チームの存在があったゆえのことなのである。
現実に即したルールが生み出した,現実的な音の鳴り方
前作のブレス オブ ザ ワイルドから,地下世界や空の上といったさらなる冒険世界の広がりを見せたティアーズ オブ ザ キングダム。いろいろなものを組み合わせられる遊びの自由度によって行ける場所が増えたが,それはただ広くなっただけではなく,さまざまな空間が増えたということでもある。
サウンド制作チームとしては,開けた場所や入り組んだ地形,閉じた空間など,広大なハイラルのどんな場所でも音の広がりや自然な響きを表現したいと考えた。ゼルダの伝説シリーズでは,これまでもさまざまな形でインタラクティブミュージックに取り組んできており,オーケストラ収録が多くなった今でも,インタラクティブな音楽表現に力を注いでいる。そのため,本当の自然の音を集めることに,改めて注力したという。
これまでにない広さと場所の種類,そしてさまざまな遊びの仕組みと自由度の高さを誇るティアーズ オブ ザ キングダムは,それだけに求められるものも大きい。自由度が高くなるにつれ,音楽もより複雑な表現が求められる。
それに応えるため,まずノードを接続することで楽曲の遷移を視覚的に編集するツールを開発した。スライドに映し出されたツールの画面を見て,筆者は「『ナビつき! つくってわかる はじめてゲームプログラミング』のアレみたいなもの?」と思ったが,イメージとしては近そうだった。実際に行われること(行えること)はもっと複雑なのだろうが。
ティアーズ オブ ザ キングダムで行われた音楽のアプローチは,「インタラクティブミュージックのような大胆な音の変化を,効果音でも表現するとしたらどうなるだろうか」というものだった。ただ波形をそのまま鳴らすのではなく,3Dのゲーム空間内で自然な音の鳴り方をコントロールするのだ。
例えば本作には楽団が登場するが,彼らはBGMを奏でているのではない。ゼルダの伝説の作品世界で演奏されている――つまりゲーム内の3D空間で演奏されている音を,表現しなくてはならないのだ。キャラクターが音源から離れれば音は小さくなり,洞窟に入れば音は反響する。キャラクターの右側で物音がすれば,その音は右のスピーカーから鳴る。楽団の演奏もまた,そうあるべきなのだ。
一般的には,音が遠ざかる表現なら距離減衰カーブを用いるのが一般的だ。ただ単に音量を下げるのではなく,フィルターをかけて音をこもらせたり,リバーブで周囲の音になじませたり,近距離の音と遠距離の音をそれぞれ用意しクロスフェードさせたりして,“それっぽく”音を作っていく。
しかし,本作のようにさまざまな空間が登場する場合は,そういった処理だけでは物足りない。音が鳴ったとき,それはどの方向でどれくらい離れているのか,洞窟や森の中であればどう反響するのかといった条件があり,単一の処理では不自然なものになる可能性がある。
ここまで説明されて,筆者も気付いた。これは,先ほどの物理制御と似た話なのだ。これに対処するためにサウンド制作チームが辿り着いた答えもまた,「すべての音が同じルールで制御されている必要がある」というものだった。
音の性質として「距離が2倍になるごとに音量が半分になる」とは,よく知られた話だ。シンプルに言えば,大きい音は遠くまで聞こえ,小さい音は遠くまで聞こえないということだ。ならば距離が倍になるにつれ,音量が半分すればいいかというと,そうではない。例えばニワトリの鳴き声は100デシベル程度と言われているが,このルールだと音が減衰しきるのにだいたい10万メートル必要となり,現実的ではない。実際には空気や地面などの影響で,音の減衰はもっと大きい(過剰減衰という)。
大事なのは,過剰減衰を考慮した適切なバランスでの調整だ。また空間内の音の鳴り方を表現するには,距離だけではなく間接音の表現も重要となる。音の反射の仕方や残響の長さを適切に設定することで,家の中なのか岩の洞窟なのかといったその空間の特徴を音で表現できる。
なお,これまでのシリーズ作品でも,これらをリバーブエフェクトを用いた表現はあったが,そのときも調整すべきパラメータがたくさんあって大変だったそうだ。本作では世界が広大なことはもちろん,地下世界や洞窟など入り組んだ地形が非常に増えているからなおさらだ。
そこで本作では,自動的にリバーブのパラメータを算出する仕組みを作った。周囲の壁の方向や距離から部屋の容積を,壁の材質から吸音率などの情報を収集し,アイリングの残響方式を用いて減衰時間などのパラメータを算出。どの位置にいても,その場所での音響を自動的に生み出せるようにした。また本作では地形のボクセル情報も利用し,音の経路探索などに活用しているとのことである。
すべての音を同じルールで制御することで,あらゆる空間に適切な大きさの音を響かせる。この大きさなら,どの距離まで音が聞こえるか。音の大きさに基づく音響特性を先に作っておけば,あとは音源に音の大きさを割り当てるだけでいい。「ハートの器は小さめに,積乱雲はこれくらいの大きな音に」といったように。それは効果音だけではなく,先の楽団の楽器の音なども同様だ。
では自由度が高いウルトラハンドによって生み出される,開発者の想定を超えるようなモノはどうだろうか。もちろん,こちらもルールに則ったサウンドの仕組みが用意されている。馬車で言えば,車輪の転がる音,荷台の小刻みな揺れ,2台をつなぐ鎖など,それぞれの音が複合的になっているだけで,馬車自体の音が事前に用意されているわけではない。パドルボートなら,タイヤの回転による水の音,木の板が水の抵抗を受けながらザバザバと水から出入りする音を組み合わせた結果なのだ。
これは,物理システムによって制御された剛体の動き方を解析し,その大きさや材質によって音を流し分ける仕組みによって生まれたもので,これによって専用のプログラムを組むことなく,音が鳴らせるようになったという。
ブロックゴーレムの幾何学的な動きによって鳴る音。レールフックで滑り落ちる音。 吊り橋がたゆみ,ギシギシとしなる音。それらもすべて,ルールに基づいてゲーム空間内で自然に,それぞれを構成するモノによって鳴っている。
こうして音の仕組みができたことで,サウンドデザイナーからは「自分が作った覚えがないのに製品クオリティの音が鳴っている」という驚きの声があがり,ディレクターからは「これってつまり音の物理エンジンのようなものですね」と言われたという。
初めからそれを目指していたわけではなかったそうだが,広大なハイラルで音をより自然に表現しようとした結果,この仕組み――音の鳴り方のルールが構築されたとのことだった。
楽しいことを作るより,楽しいことが起こる仕組みを作る。
それぞれの物体の動きを決めるのではなく,物体が動くようなシステムを作る。
聴こえてくる音をすべて作るのではなく,そう聴こえるようなシステムを作る。
ユニークなインタラクションを作るよりも,ユニークな相互作用が起こるシステムを作ろうとして生まれたティアーズ オブ ザ キングダムは,開発者が生んだ遊びだけではなくプレイヤーが遊びを生み出せる,イノベーションを起こすことができるゲームとなった。
現実に即したルールで世界が構築されているからこそ,現実離れしたむちゃくちゃをしたときが面白く,自由でゲームらしさのある遊びを感じられる。あらためてティアーズ オブ ザ キングダムの楽しさの根本にあるものを理解できたような,そしてまたあのハイラルで「むちゃくちゃにしてやる!!」と自由で楽しい時間を過ごしたいと思えるセッションだった。
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