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クィアゲーマー魂の1本:第1回はセメントTHINGさんと「メトロイドプライム」。クィアゲーマーにサムスが見せてくれた希望
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印刷2024/02/15 08:00

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クィアゲーマー魂の1本:第1回はセメントTHINGさんと「メトロイドプライム」。クィアゲーマーにサムスが見せてくれた希望

画像集 No.008のサムネイル画像 / クィアゲーマー魂の1本:第1回はセメントTHINGさんと「メトロイドプライム」。クィアゲーマーにサムスが見せてくれた希望

 ある1本のゲームが一生ものの心の支えになる,という経験は,多くのゲーマーにとって覚えのあることだろう。それは非規範的な性を生きる=クィアなゲーマーであっても同じことだ。
 本企画「クィアゲーマー魂の1本」は,さまざまなクィアゲーマーに毎回1本のゲームを取り上げてもらい,その表現がどのように自身を支えてきたかを綴ってもらう,不定期のエッセイ連載だ。ひとりのクィアの視点を通じて,既存のゲームに対する新しい見方や関心を育ててもらえたら,望外の喜びである。

 第1回に登場していただくのは,ライターのセメントTHINGさんだ。名作「メトロイド」シリーズより,「メトロイドプライム」についてじっくり語ってもらおう。

 遠い未来の宇宙。パワードスーツを駆使し,不可能に近いミッションを完遂する凄腕バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ),サムス・アラン。その活躍を描いたのが,1986年から現在まで続く大人気アクションゲームシリーズ,「メトロイド」である。

 任天堂が展開するほかのシリーズ作に比べるとそこまで作品数が多いわけではないが,ゲーム界におけるその存在感は絶大だ。「悪魔城ドラキュラ」(英語名:キャッスルヴァニア)シリーズと合わせ,「メトロイドヴァニア」というアクションゲームのサブジャンル(※1)の名称の由来となったところからも,影響力の大きさは伺い知れる。

※1……2Dアクションゲームのサブジャンルの俗称。定義については幅があるが,基本的には横スクロールで進むステージを探索しながら,アイテムなどを発見し,新たな道を見つけるというシステムを備えたゲームを指す。1994年の「スーパーメトロイド」は当該ジャンルにおける傑作の一本とみなされている。

 そして筆者の子ども時代に強烈な印象を残した作品もまた,この「メトロイド」シリーズの一本だった。具体的にいうと,2002年に発売されたゲームキューブ用ソフト,「メトロイドプライム」(以下,「プライム」)である。Retro Studiosが任天堂と共同開発した(※2)本作を,初めてプレイしたときの感覚は忘れられない。惑星「ターロンⅣ」を探索するサムスの孤独,荘厳な環境描写,説明を抑えた映画的なストーリーに,とにかく筆者は夢中になった。ここまで自分にしっくりくる作品に出会ったことはないと感じたのを,いまでもはっきり覚えている。

 この作品のなにが,非規範的なゲーマーである筆者をそこまで引きつけたのか? シリーズ全体のジェンダー表象にも言及しつつ論じていく。

※2……任天堂Metroid.jp“鮮烈なデビューを飾った開発会社レトロスタジオに聞く!”より

画像集 No.002のサムネイル画像 / クィアゲーマー魂の1本:第1回はセメントTHINGさんと「メトロイドプライム」。クィアゲーマーにサムスが見せてくれた希望
以下,スクリーンショットはすべて「メトロイドプライム リマスタード」から撮影

※2024年2月15日15:20,初出時に誤解を招く表現があったため,記事の一部を修正いたしました

 「メトロイド」をジェンダーの視点から分析する際にまず重要な点は,これが明確に女性を主人公に据えたアクションゲームシリーズであることだ。もちろん「Horizon」「The Last of Us Part II」「Hellblade」「トゥームレイダー」など,女性が主人公を務めるアクションゲームは他にも存在する。だがそれはアクションゲーム全体のカタログからすれば一部でしかなく,女性主人公の比率は少ないというのが現状だろう。

 そんな状況下で1986年から40年近くにわたり女性が主人公を務める「メトロイド」シリーズが人気と影響力を保ちながら(※3)続いてきたことは,それ自体がひとつの偉業といえる。アクションゲームのみならず,ゲーム界すべてに広げても,ほぼ類例のない達成である。その揺るぎない意義を認めたうえで,ここからは「メトロイド」の女性描写を具体的にみていこう。

※3……2021年10月に発売された現時点でのシリーズ最新作「メトロイドドレッド」はシリーズ最高となる売上300万本を突破し,その衰えぬ人気を証明した。

 女性主人公として(※4)描かれているサムス・アランだが,彼女が女性となったのは,開発終盤のスタッフの思いつきが由来だった。当時の開発者である坂本賀勇氏と清武博二氏のインタビュー(※5)によると,クリアタイムによってエンディングを変化させようという話になった際,プレイヤーを驚かせるアイデアとしてスタッフの一人が思いついたのが「実は女性」という設定だったそうである。

※4……サムス・アランは最も有名なゲーム界における女性主人公の一人だが,彼女が最初の一人というわけではない。名前のある操作可能な女性キャラクターが登場する最初の家庭用ビデオゲームは,1982年発売の「Wabbit」とされている

※5……任天堂公式サイト“「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」発売記念インタビュー 第5回「メトロイド篇」”より

 「実は女性」ということが「驚き」になるのに当時の女性の社会的立場が垣間見えるが,この時点でシリーズ全体におけるサムスの表象としての長所と短所が出揃っている点は見逃せない。

 一番の長所は,「女性」であることを前面に出さなかった結果,多くの女性キャラに付与されがちなジェンダーステレオタイプの影響をかなり回避できていることだ。シリーズのプレイ体験を通して感じられるサムスの人物像は,勇敢な戦士であり,寡黙なプロであり,そして果敢な冒険家である。

 戦闘においてはそれに適した装備で戦い,冷静な判断力で事態に対処する。彼女がまとう強力なパワードスーツは,有機的なデザインではありつつも,特定のバイナリー(二元論的)な性別を想起させるものではない。異性愛的なサブプロットはほぼ皆無だ。彼女のアイデンティティは「戦士」であり,誰かの娘や母,恋人や妻ではないからである。

 彼女の物語は,男性との関係性に必要以上に頼ることなく語られる。彼女の何らかの「脆さ」がやたらと強調されることもない。サムスは一人のヒーローとして力強く作品の中心に存在しており,それはファンの側からも歓迎されている(※6)。現代のゲームにおいても,極めて重要な女性ヒーロー像だといえるだろう。

※6……ここであげた描写のすべてにおける例外といえるのが2010年に発売された「METROID Other M」だ。アダムという擬似的な父親との関係の比重の大きさ,サムスの感情的な脆さを強調する描写など,ファンの間でその人物描写について賛否が極端に分かれる一作となった。ちなみに以後の作品については寡黙で冷静な従来のサムス像に回帰している。

画像集 No.003のサムネイル画像 / クィアゲーマー魂の1本:第1回はセメントTHINGさんと「メトロイドプライム」。クィアゲーマーにサムスが見せてくれた希望

 しかし一方で,プレイヤーによってサムスの身体がまなざされることが,エンディングにおける「報酬」となっている事実は忘れられない。

 「メトロイド」シリーズはクリアタイムやアイテム回収率の優劣に応じ,エンディングでパワードスーツを脱いだサムスの一枚絵が見られるのが「お約束」だが,その姿は初代「メトロイド」においてはレオタード/ビキニ姿の女性というものだった。
 
 これは何度かの変遷を経て,初代のリメイク作「メトロイド ゼロミッション」以降は,ボディラインに密着した青いインナースーツ姿,いわゆる「ゼロスーツサムス」のビジュアルで現在はほぼ固定されている(※7)。このビジュアルから受ける印象については意見が分かれるだろうが,女性の身体イメージがゲームプレイの「報酬」として設定されている構図それ自体に,やや危ういものがあることは否めない。

※7……レオタードやショートパンツ+タンクトップ姿の差分がある場合もあるが,基本パワードスーツの下はゼロスーツとして設定されている。

 さらにシリーズ2作目「メトロイドII RETURN OF SAMUS」で,サムスは生物兵器「メトロイド」の女王個体である「クイーンメトロイド」を殲滅したものの,その直後に出会ったメトロイド唯一の生き残り「ベビーメトロイド」を保護下に置くことになる。そして,シリーズ3作目「スーパーメトロイド」では,スペースパイレーツにさらわれたベビーを奪還せんとするサムスの決死の戦いが描かれることになるのだ。

 この構図にはシリーズの着想元の一つ(※8)である「エイリアン」シリーズのリプリーとニュートの擬似親子関係,クイーンエイリアンとの「母vs母」の関係を連想させる。だがサムスという独特な立ち位置をもつ女性のストーリーを語るうえで「母」のイメージを使うのは,やや紋切り型に過ぎないかと感じられるところもある。

※8……「1作目の「メトロイド」を作ったときから,映画「エイリアン」などの作品に影響を受けながら,おどろおどろしい,ダークな世界観を目指していました」“ファミ通.com「メトロイド ドレッド」坂本賀勇氏インタビュー。19年ぶりの最新作は2Dアクション「メトロイド」の集大成”より

 この設定がサムスの人間的な側面を見せるうえで,とても感動的な数々のシーンを生んだことは間違いない。弱きものを守ることが,純粋に彼女の成長を示しているのも胸に訴えかけてくるものがある。だが女性を潜在的な「母」としてみる社会の圧力の強さを考えれば,評価には一定の留保をつける必要がある。

 サムスを冷酷無比な機械のように描くべきだというわけではない。しかし,彼女の人間としてのあり方を描く際に「母」というモチーフを絡めたり,女性に対する類型的なまなざしを強調したりする必然性があるかといえば疑問符がつく。

 このように,「メトロイド」シリーズは「強靭な銀河の戦士」という独自性の高い女性ヒーロー像を作り出すことに成功しつつ,一部の演出において彼女を従来的なジェンダーステレオタイプに近づけるかのような試みが見受けられる。

 むろんこの点がありつつも,サムスがゲームの歴史において革新的な女性キャラクターであることは変わらない。だが,もう一歩先に進めるのではないかと思わされるのも確かだ。

 そして「プライム」は,そんな疑問に対する一つの回答を示したといえる。ストーリーの時系列的に「1」と「2」の中間に位置する本作は,前述した懸念点のいずれにもあてはまらない。擬似親子関係は「2」以降の話であるため本作には存在せず,条件を満たすと閲覧できる「お約束」についても,ここでのサムスはただヘルメットを脱ぐだけ(※9)なのだ。今作のサムスは未知の惑星を探索する一人の戦士であって,それ以上でもそれ以下でもない。

※9……これは「プライム」の開発と発売(2002年)が,ゼロスーツサムス姿の初出である「ゼロミッション」(2004年)よりも前であるのも大きいと思われる。「プライム」の続編である「ダークエコーズ」(2004年),「コラプション」(2007年)においては,隠しエンディングやムービーでサムスはゼロスーツ姿を見せる。

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 さらに「プライム」ではシリーズ初の3D・一人称視点が取り入れられており,これはプレイヤーがサムスの視点に一段と深く没入することを可能にしている。FPS的な臨場感と「メトロイド」らしい探索性を組み合わせたゲームデザインには細かな工夫が凝らされており,それらはどれも驚くほど完成度が高い。

 例を挙げると,本作では「バイザーシステム」というものがあるのだが,これはサムスのヘルメットに備え付けられたバイザーを切り替えながら,周りのものをスキャンしたり,サーモグラフィーによって隠された仕掛けを発見できたりするというものである。これによってプレイヤーはあたかも自分がサムスとなり,広大な惑星を探索しているような感覚が味わえるのだ。

画像集 No.005のサムネイル画像 / クィアゲーマー魂の1本:第1回はセメントTHINGさんと「メトロイドプライム」。クィアゲーマーにサムスが見せてくれた希望

 このような試みの結果として,「プライム」はサムスの視点にプレイヤーを自然と引き込み,必要最低限の説明で(※10)彼女の精神性を生々しく感じさせることに成功した。ダメージを受けたときの鈍い苦痛の声,バイザーに降りかかる雨粒,新しいエリアへ行く際の戸惑いの眼差し……打ち捨てられた古代文明の廃墟や苛烈な環境が支配する寒冷地など,寂寥(せきりょう)感溢れる壮麗な美術も相まって,プレイヤーは彼女の疎外感や孤独,不安を鮮明に追体験できる。また「メトロイド」シリーズはホラー的な要素も色濃く,いくつかのステージにおいては恐怖もまた強烈に表現される。

※10……主に「スーパーメトロイド」までのシリーズの特徴として,説明を極力廃し映像とアクションでストーリーを語るというものがある。(4作目の「メトロイドフュージョン」以降はあらすじやセリフが増量された)「プライム」においてもそれは引き継がれており,設定をムービーやナレーションで詳しく解説するのではなく,プレイヤーがマップの中に配置されているコンピュータや碑文などの記録を能動的にスキャンすることで,複雑な背景の物語が見えてくるようになっている。

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 そしてクィアなゲーマーである私に強く訴求したのは,そんなサムスの複雑な感情の追体験だった。非規範的な性を生きるということは,時に敵対的にも感じられるヘテロノーマティブ(異性愛規範的)な環境の中で,疎外感を抱えながら手探りでサバイブしていくことの連続である。そんな私にとって,恐ろしい未知の世界を探索する非規範的な女性,サムス・アランの道行は,自分の生に近い感覚がゲームにおいて表現されていると感じられた数少ない例だったのだ。そして「プライム」はその孤独感や疎外感において,間違いなくゲーム史上屈指(※11)の表現を味わわせてくれた。それが子どもの頃の私にとって,どれだけ大きな意味があったか,強調してもしきれない。

※11……「プライム」は,発売直後から世界中の批評家とゲーマーからの絶賛を受けた。その高評価ぶりは発売から20年以上を経たいまも,レビュー集積サイトMetacriticのオールタイムハイスコア10位にランクインしている(2024年2月現在)ほどである

 クィアなゲーム開発者による,当事者としての体験を真正面から反映させた作品は,近年着実にその数を増やしている。それは素直に喜ばしいことだ。ただ明示的にクィアではない作品に,自分の感覚や体験を読み込める可能性を探さざるをえなかった時代のことも,忘れないようにしていきたい。私にとっての「メトロイドプライム」は,まさにそのような一本だった。

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