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空前の盛り上がりを見せるインディーズゲームとは何か。現在に至る歴史を振り返りながら,Indie Apocalypseとその後の未来を考える
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印刷2022/12/31 10:00

企画記事

空前の盛り上がりを見せるインディーズゲームとは何か。現在に至る歴史を振り返りながら,Indie Apocalypseとその後の未来を考える

 ゲーム産業において,インディーズゲームが一定の注目を集めるようになって久しい。かつてはどうしてもマニアックな印象を拭い去れなかったこの領域だが,近年は全世界で数百万本のセールスを記録する作品も珍しくなくなった。

デッキ構築型ローグライトと脱出ゲーム風のパズル,さらにサイコロジカルホラーをミックスしたインディーズゲーム「Inscryption」。Daniel Mullins Gamesが開発を手掛けた本作は,2022年のGame Developers Choice AwardsとIndependent Games Festival Awardsの大賞に輝いた
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 であるなら,「インディーズゲームは素晴らしい。これからのゲーム産業が向かうべき方向はインディーズゲームが指し示している」といった類の,薔薇色の未来を語っていいのだろうか。言うまでもなく,その答えはノーだ。インディーズゲームの世界が広がっているのは事実だが,そこにはさまざまな課題も問題もある。
 果たして,現在のインディーズゲームはどのような状況にあるのか。まずは世界市場における現状も含め,ここに至るまでの流れを振り返ってみたい。


定義が定まらない「インディーズゲーム」


 2022年現在におけるインディーズゲームの盛り上がりは世界的なものだが,その盛り上がりが最初どこにあったのかを証明することは容易ではない。とくに「インディーズゲーム」という概念においては,この困難さが跳ね上がる。
 というのも,このテーマを議論するために不可欠な「インディーズゲームとは何か」という問いに対して,曖昧な回答しか存在しないからだ。

 試しにWikipediaの「インディーゲーム」を見ると,その定義は以下のとおり。一部抜粋してみよう。

国際的な言葉としての「インディーゲーム」(indie game)は、「少なくともAAA(トリプルエー)ではない」ゲームを指す。言い換えれば、「AAAではない」ということ以外に明確な定義がない。定義をめぐっては、SNS等で常に議論が起こっており、ある種のバズワードとなっている。ゲームデザイナーのロン・ギルバートは、定義について「答えはないだろう」と述べている。

とはいえ、インディーゲームと呼ばれる作品には、以下のような特徴がありがちである。例えば、開発者が個人または少人数のチーム、または小規模の企業である。作品の規模も大手に比べて小規模である。また例えば、開発の過程において、巨額の予算を投じる分リスクを避けたがるような大手パブリッシャーの出資を受けていない。言い換えれば、パブリッシャーの意向に左右されないため、リスク度外視の先鋭的な作品や、イノベーションを起こす画期的な作品、独創的で芸術的な作品になることが多い。しかしそれゆえ、インディーゲームは基本的に低予算で、資金源は開発者の自前か、もしくはクラウドファンディングである。


「インディーゲーム」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(2022年12月11日11:47 UTC)より(リンク

 見事に曖昧である。
 だが待ってほしい。世の中には無数のインディーズゲーム専門のコンクールやフェスティバルがあり,それぞれのイベントに応募資格が明記されている(賞金が出るのだから当然だ)。ならば,そういったイベントに参加する資格を参考にすれば,インディーズゲームか否かの線引きも可能になるのではないか。

 もちろん,そんなに甘くはない。
 たとえば,世界最大のインディーズゲームイベント,Independent Games Festival(IGF)の応募規定を参照すると,「Independently Created」(インディな創作)の定義には「game was created in the 'indie spirit' by an independent game developer」(独立したゲーム開発者の“インディー スピリット”に基づいて制作されたゲーム)としか書かれていない。インディーズゲームがインディーズゲームであるための,客観的な指標は示されていないのである。

Independent Games Festival 公式サイトより(リンク
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 とはいえ,こうした曖昧な定義に基づいてインディーズゲームの盛り上がりの起源を探るなら,それは「コンピュータゲームというものが生まれた直後くらいからずっとあったし,今もある」といったところだろう。
 世界初のコンピュータゲームとされる「OXO」,あるいは研究所の展示として大好評を博した「Tennis for Two」,アメリカにおけるビデオゲーム産業の大きなマイルストーンとなった「PONG」といった作品は,制作チームの規模などを考えればインディーズゲームと呼ぶにふさわしく,そこにインディー スピリットがあったのも間違いないだろう。

「マイコンBASICマガジン」
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 これは日本においても同様で,PCゲーム黎明期を彩った無数の名作は往々にして電気店の店頭で生まれたり,専門誌上にソースコードが載ったりする,個人制作のゲームだった。のちに「ドラゴンクエスト」を生んだ中村光一氏の「ドアドア」は,自作ゲームのコンテスト応募作品であり,インディー スピリットを感じさせるものだった。日本のストラテジーゲームの基礎を作った「信長の野望」も,シブサワ・コウ氏によるインディーズゲームと定義することは十分に可能だろう。「マイコンBASICマガジン」のような読者投稿ゲーム雑誌もまた,今風に言えば,インディーズゲームのプラットフォームとして機能していたと考えられる。

 1990年代半ばには,アメリカで「DOOM」や「QUAKE」をもとにした大型MOD制作の時代が来る。日本でもシェアウェアや同人ゲーム(同人ソフト),あるいはフリーゲームの時代になっていく。これらはすべて異なるカルチャーを有しており,「全部同じ」と言ってしまうのは乱暴が過ぎるだろうが,もし世の中のゲームをインディーズゲームとそれ以外で色分けするのであれば,インディーズゲーム寄りではあるだろう。


インディーズゲーム開発者を利したダウンロード販売


 理論上,長い歴史を持つインディーズゲームだが,商業的な成功を収めるまでには大きなハードルがあった。それは「有体物としてのゲーム」という障壁だ。
 ゲームをカセットテープやCD,あるいはDVDといったメディアに記録して販売するしかなかった時代,それらの商品はいわば玩具と同じだった。生産者も販売者も在庫を抱えるほかなく,両者の間は物流によって結ばれていた。つまるところ,すべてのゲームは「モノ」だった(今でもパッケージゲームはモノだ)。

 商品のすべてをモノとして販売しなくてはならないという条件は,小規模なゲーム開発チームにとって大きな問題となり得る。
 たとえ問屋や専門店に商品を預けたとしても,思ったより売れなければ,やがて商品が戻ってきて在庫となり,たくさん売れたら売れたで増産するかどうかが問題になる。
 パッケージの外装に傷が付けば商品価値が下がるし,致命的なバグが残ったまま出荷した場合は保証も視野に入れなければならない(誰もがオンラインでパッチをダウンロードしてくれるわけではないし,そもそも「オンラインでパッチを配布する」という発想はそこそこ新しいものだ)。

 ここにおいて,インターネットインフラが発達し(主にブロードバンドが普及して),ゲームをオンラインで販売できるシステムが整ったことは,個人ないし小規模なゲーム開発者にとって福音だった。
 ちなみに,こうしたサービスの筆頭としてSteamが言及されがちだが,2000年代初頭にはそのほかにも多数のサービスが立ち上がっており,コンシューマゲーム機においてもインディーズゲームをダウンロードできる環境が整いつつあった。

2004年にフリーのオンラインソフトとして公開された「洞窟物語」。いまだに巨大な影響力を有し,無数のフォロワーを生み続けている(画像はDSiウェア版)
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 同時に,小規模チーム向けの開発環境も整っていった。RPGツクールやHSP(Hot Soup Processor),各種ノベルゲーム制作ツールといった環境はゲーム制作のハードルを大いに下げたし,ネット普及後は(今はなき)Flashが個人制作者にとって格好の開発環境となった。
 2010年頃からはUnityやUnreal Engineといったゲームエンジンが大きな注目を集めるようになり,個人クリエイターの増加に寄与した。また販売プラットフォームでは,Steamが2012年にSteam Greenlightを開始した。このシステムは,Steamユーザーの支持を集めれば自分のゲームを販売できるというもので,インディーズゲーム開発者(あるいは開発志望者)を急激に増やした。

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 この結果,Steamで販売されるゲームの数は「2013年までの10年間は年間あたり数百本程度の新作リリースで推移していたのが,2014年に前年の3倍となる1667本で年間1000本越えを達成したのを皮切りに,2015年は2622本,2016年は4459本,2017年は6335本,そして2018年の8206本」というペースで急上昇。2017年にGreenlightは廃止となるが,開発者がほぼ自由にSteamでゲームを販売できるSteam Directがスタートし,Steamでリリースされるゲームはさらに増加した。

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[2020/01/07 15:00]
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[2018/03/24 00:00]


「政策」に取り入れられるインディーズゲーム産業


 急激な盛り上がりを見せてきたインディーズゲームだが,「ゲームを作りやすくなり,売りやすくなった」ことが,その理由のすべてではない。

 ゲームがダウンロードで購入できるようになった――つまり,ゲームを販売するにあたってモノを管理・移動させなくてもいいという状況は,それまで世界各地にバラバラに存在していた「ゲーム市場」を収束させていくことを意味した。一部の例外を除けば,これといった苦労もなく,たとえば日本で作ったゲームをアメリカのゲーマーが購入し,アメリカで作られたゲームをポーランドのゲーマーが購入するようになったのだ。
 これは,世界全体にモノを流通させる力を持たないゲーム開発者でも,世界市場に向けて自分のゲームを売り,その売上をドルやユーロで獲得できるようになったことを意味する。世界の多くの個人開発者が,いわゆる「外貨を獲得する産業」に手軽に参加できるようになったのだ。

 このことは外貨獲得に苦労していた国にとって,大きな意味を持っていた。
 ダウンロード販売が普及したゲームの制作と輸出に必要となる各種インフラは,従来ならば外貨獲得にあたって一般的だった一次産品・二次産品の製造と輸出に比べ,圧倒的に小規模だ。ある程度の安定したインターネット環境と電力,それなりのパワーを持ったPCを数台,そして野心のある若者が数人いれば,インディーズゲームは十分に誕生し得る。

最も売れたインディーズゲーム,「Minecraft」の詳しい説明は不要だろう。Markus Persson氏がたった一人で開発し,アルファ版のダウンロード販売を始めたのが2009年だった
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 事実,ポーランドでは政府がゲーム産業を重要な存在であると見なすようになり,筆者が2016年のGIC(ポーランド・ポズナンで開催されるゲーム技術カンファレンス)で会った政府関係者は「CD PROJEKT REDのような大企業より,11 Bit Studiosのような小規模な企業を支援していきたい」と語っていた。インディーズゲームはすごく儲かる産業ではないが,国内にゲーム産業を作り上げ,定着させていくにあたっては非常に効果的というのが,その理由だ(ちなみに,この話を聞いた時点でポーランドのゲーム産業は同国GDPの2%に達していた)。
 同様の方針は,新興国において一般的に見られるものだ。世界のゲーム産業に詳しいルーディムスの佐藤 翔氏によれば,むしろ「インディーズゲーム開発を支援していない国はほとんどない」状況にまで至っている。近年ではアフリカでもインディーズゲーム制作支援が進んでおり,gamescomではナイジェリア発のゲームもポツポツと見られるようになっている。

 また先進国の「地方都市に若者を定着させる」という課題に対して,インディーズゲームが利用されるケースもある。
 この代表例は,スウェーデンのシェブデという人口5万人程度の小さな街で行われている産官学連携プロジェクト「Sweden Game Arena」だろう。世界的にも稀なレベルの大成功を収めており,その実績の一部を挙げると「Goat Simulator」を皮切りに「Satisfactory」「Raft」「Valheim」「V Rising」といった世界的なヒット作が生まれている。

「Goat Simulator」
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 Sweden Game Arenaのシステムはシンプルだ。産官学連携ではあるが「学」の比重がやや重めとなっており(学生にゲーム制作を教え,卒業時にゲームを制作させるのが根幹),そのゴールは「シェブデにゲーム産業を根付かせる」ことにある。地方自治体がゲームを利用して町おこしをする場合,往々にして自治体を宣伝するゲームを作る方向に進みがちだが,シェブデはより大きな絵図を描いたというわけだ。

「Valheim」
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 こうした経済的(あるいは政策的)な理由を踏まえたうえで,インディーズゲームの国際的な盛り上がりの背景にはまったく異なる理由も存在すると感じている。それは「大規模開発ゲーム(AAAゲームなど)に対する嫌悪感」だ。
 非常に興味深いことに,これは洋の東西を問わず,若いゲーム開発志望者が抱きがちな思いであるように映る。

 たとえば,前述のシェブデでは「お金のためにゲームを作りたくない」と熱く訴える学生たちに出会ってきたし,クロアチアでの替え歌カラオケ大会では大手ゲーム会社を揶揄するような歌詞が頻出していた。これに似たような訴えは,アジア圏でも頻繁に耳にしている。
 その現状認識の精度や合理性はともあれ,「判で押したようなゲームを作ることに人生を捧げたくない」「売上だけが正義になるビジネスに加担したくない」という青い情熱がインディーズゲームの盛り上がりを支える一端であることには疑いがない。


過当競争(Indie Apocalypse)の始まり


 もちろん,インディーズゲームの盛り上がりの何もかもが,インディーズゲーム開発者にとってプラスに機能しているわけではない。最も大きな問題は「Indie Apocalypse」(またはindiepocalypse)と呼ばれる過当競争だ。
 2021年,Steamでの年間リリース数はついに1万本を超え,モバイルゲームほどではないにしても,過当競争と呼ぶにふさわしい状況になっている。この状況は少なくとも2014年には予見されており,前述した「2015年は2622本,2016年は4459本,2017年は6335本,そして2018年の8206本」というリリース数はその予測の正しさを裏付けている。

 事実,2015年以降の世界中のゲーム技術カンファレンスでは,過当競争とどう向き合うべきかがテーマになってきたし,そうした講演がしばしばゲームメディアの記事やYouTubeに公開されてきた。
 小規模な開発チームにとって適切なマーケティング施策,低予算で効果的なPR動画の作り方,出資者を募るためにはどのようなアピールをすべきか,プレスリリースでは何に留意すべきか,クラウドファンディングを利用するならどういう準備をすべきか。さまざまノウハウが世界的に共有されるようになった。なぜなら,こうした知識なしには生き延びるのが難しいほどに,Indie Apocalypseが進行してしまったからだ。

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[2020/08/03 00:00]

 一方,このような「インディーズゲーム開発者が知っておくべきこと,するべきこと」がメディアを通じて発信されるにつれて,開発者が時勢から取り残されることも目立つようになった――よりはっきり言えば「実際のゲーム開発をしながら,多くの情報にアクセスし続けるのは,ほとんど不可能」になった。
 個人的には,Indie Apocalypse最大の問題がここにあるように思える。

 コンピュータゲームは技術が基幹となるエンターテイメントであり,開発者は最新技術や技術トレンドに触れていなくてはならない。だが,技術領域でのキャッチアップをしながら,Steamページ作成や動画制作といった領域までを追いかけ,自分が食べていくための仕事もして,ゲームの開発も進めるというのは,大半の人間には無理がある。

 現在,小規模なチームで制作される「基本的に低予算。資金源は開発者の自前」なインディーズゲームという領域において,「本気で成功したかったら,それなりの規模のチームを作るか,専門家に外注するか」という状況が発生している。そうでなくては,開発チームに要求されるスキルとタスクをすべて満たすことなど不可能だからだ。
 もちろん,これといった広告宣伝もせず,実際に鳴かず飛ばずだったインディーズゲームが,ある日を境に大ヒットをする――そんな夢のような事例は確かに存在する。だが,それは宝くじに当選するような話であって,あくまで例外であることは,2015年以降に積み重ねられてきた多数の講演が示している。


花開くインディーズゲーム文化


 産業としてのインディーズゲームがIndie Apocalypseに苦しみ始めた一方,同じ時期に文化としてのインディーズゲームは急激な発展を見せた。
 なかでも,2013年にリリースされた「Papers, Please」は世界中で無数のアワードを受賞した傑作だが,個人的にはインディーズゲーム(あるいはゲームそのもの)の可能性を拡張した作品だと感じている。

 「Papers, Please」は架空の国家における入国管理官となって,入国希望者の書類審査を行うアドベンチャーゲームだ。ゲームシステムはいたってシンプルそのもの。入国希望者が書類やパスポートを提示するので,規則に従い入国の可否を決定していく。ゲームが進むとさまざまなガジェットが使えるようになるが,基本は許可ないし不許可のハンコを書類に押すだけである。

「Papers, Please」
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 本作は「これといった特徴も特技もないごく普通の人間の,ごく普通の日常業務は面白いゲームになり得る」ことを示したという点で,ゲーム史に残る作品だ。これ以前にも「日常業務はゲームになる」ことを示していたシミュレータゲームは存在するが,それらはいずれも複雑かつ高度な操作を伴うものであり,本作の「書類を調べてハンコを押すだけ」というゲーム内容とはだいぶ異なる。
 ゲームを進めていくとそれなりにドラマチックな事件が起きたりもするが,だからといってプレイヤーが英雄的な大活躍をするわけでもなく,感動的なテキストが読めたりすることもない。悲惨な状態の国家で生活するしかない,平凡な個人の凡庸な悲惨さを最小限の手際でゲームに仕立てる。それに成功したのが,インディーズゲームの「Papers, Please」なのだ。

「This War of Mine」
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 また,2014年にリリースされた「This War of Mine」は,ゲームに対するポーランド社会の態度を変えさせたという点で,インディーズゲームの持つ可能性を示した。
 本作はサラエボ包囲をモチーフとした戦いに巻き込まれた民間人となり,終戦の日まで生き延びることを目標とするサバイバルゲームだ。「戦わない戦争ゲーム」という点でも特徴的な本作は,「Papers, Please」同様に多くのインディーズゲームに影響を与えたが,最大の影響はポーランド社会に対するものだったと言える。

 「This War of Mine」の世界的なヒットと,その表現の深さはポーランド社会に大きな衝撃を与えた。
 それまでポーランドでは(「The Witcher」シリーズなどの大成功を収めたゲームがあるにもかかわらず),ゲームの社会的地位が低く,たとえばワルシャワ蜂起といった同国にとって重要な意味を持つテーマを扱うことなど,決して許されない空気があったそうだ(これは2016年のGICにおいて,11 Bit Studiosのスタッフと共にパネルディスカッションに登壇した際に聞いた話である)。
 だが,「This War of Mine」の登場によってその空気は一変し,2020年に本作が学校推薦図書に指定された折には,ポーランド首相自ら「このゲームはワルシャワ蜂起も想起させる」と明言している。

2019年にはワルシャワ蜂起をテーマとしたRPG「WARSAW」が,ポーランドの開発会社であるPixelated Milkからリリースされた
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大手ゲーム開発会社とインディーズゲーム


 さて,さまざまな理由で盛り上がってきたインディーズゲームだが,長らく大手ゲーム会社の多くはその開発には積極的に取り組んでこなかった。その代表例として,よく指摘されるのはUbisoftだろう。

 Ubisoftは2014年に「バリアント ハート ザ グレイト ウォー」を社内の小規模なチームで制作し,全世界でミリオンを超える大ヒットを博した。
 しかしながら,本作の制作を指揮したYoan Fanise氏は,社内での評価が高くなかったことを2015年のインタビューで暗示している(リンク)。本作は2000円程度の低価格商品であり,100万本売れたとしても,AAAゲームを販売する同社にしてみれば,取るに足らない利益でしかないからだ。Fanise氏はUbisoftから独立し,2018年に「11-11 Memories Retold」をリリースしている。

「バリアント ハート ザ グレイト ウォー」
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 同時期,Ubisoftの社内インディー的な試みとして「チャイルド オブ ライト」を手がけたPatrick Plourde氏は今年,Ubisoftから独立を果たした。
 「Child of Light」は続編などの制作が何度かアナウンスされてきたが,Plourde氏は2019年に自分が制作に関わっていないこと,当時関わったスタッフがほぼ退社していることを伝えた。「このタイプのゲームは,Ubisoftが作りたいとものではないのだと思う」「このタイプのゲームを売ることで儲けることもできるが,別のゲームならもっと儲けられる」という指摘は,Fanise氏のインタビューで語られていることにも通じる(リンク)。

「チャイルド オブ ライト」
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 もっとも,これでUbisoftを批難するのは早計だ。AAAの制作現場で指揮を執れる才能には限りがあり,そうした人材を社内インディーに割り当てることは,仮に会社が望んだとしても株主が望むまい。
 そしてもう一点,インディーズゲームに対して冷ややかだったのはUbisoftだけではない――むしろ,社内インディチームがゲームをリリースしているだけ積極的だったと言える。この10年ほど,筆者は折に触れて「インディーズゲームを扱う予定はあるか」と海外の大手ゲーム会社に聞き続けているが,その回答は良くて中立的,大部分は否定的なのだ。


新人研修として利用されるインディーズゲーム


 ただ,大手開発会社がインディーズゲームに向ける視線が少しずつ変化している。その理由はさまざまあるが,代表的なものをピックアップしよう。

 最も古い理由は,新人研修としての側面だ。
 コンピュータゲームの黎明期,それは概ね1人で作るものだった。絵心がなくてもグラフィックスを描き,文才がなくてもテキストを書き,ストーリーを作った(サウンドはビープ音が鳴れば御の字だったので作る必要がない)。貧弱なPCパワーと極小のメモリでゲームを動かそうとするのが,そもそも限界であった。

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 時代が多少下っても,状況はそこまで変わらなかった。もちろん,絵も音も長足の進歩を遂げ,それぞれの領域におけるプロが活躍するようになった。それでも,「ドラゴンクエスト」のスタッフロールには13人しか登場しない。「ドラゴンクエストII」でも15人,結構な大作のイメージがある「ドラゴンクエストIII」でも19人だ(「日本デジタルゲーム産業史」より)。
 また,各作品の制作期間を調べると,IとIIは1年未満,IIIはほぼ1年である。このような時代のゲーム開発者は企画の立ち上げからリリースまでを一気通貫で,数年のうちに複数のプロジェクトに携わることが可能だったのだ。

 だが,さらに時代が下り,ゲーム開発の大型化が進むと状況は変わってくる。1本のゲームがリリースされるまで数年を要するのが常態化し,チームの人数も3桁にのぼると「一度も話したことがないチームメンバー」が珍しくなくなる。その道のプロの技術(とネームバリュー)が重要なグラフィックスや音楽は外注が当然のことになり,これもまたゲーム制作の全貌を把握しにくくしていく。
 さらにオンラインゲームが加わることで,その傾向はより進んでいく。数年をかけて開発した後,軌道に乗ればそれ以上の期間にわたって運営されるオンラインゲームの場合,開発スタッフには「入社してからこのかた,同一ゲームの武器3Dモデルだけを作り続けている」ようなことも起こる。
 こうなると「10年近いキャリアを有しながら,ゲーム開発に必要なプロセスをほとんど体験できていない社員」が増えていく。これは職人的なポジションとしても好ましいとは言えない状況(全体像が見えていないところで,パーツだけ作り続けるには限界がある)だし,ましてや次世代のプロデューサーやディレクターを望むには,人材プールとして厳しい。

 かくして,ゲーム開発の全貌を体験できるプロジェクトの重要性が高まっていった。限られた時間(24時間〜48時間)で,即席のチームを作ってゲームを完成させる「ゲームジャム」はその典型例だ。

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 数人のメンバーが1日から2日程度で1本のゲームを作り上げる「ゲームジャム」。ここ数年で認知度が高まり,誰でも参加できるものが全国各地で開催されているが,2014年11月1日と2日に,セガ社員によるゲームジャムが開催された。なぜゲーム作りを仕事としている人達があえて鉄火場に挑むのか。その理由を探るべく取材してみた。

[2014/11/22 00:00]

 だが,ゲームジャムでは制作現場を体験できても,ゲームを売ったり広告したりする現場までは体験できない。そして,現代のゲームは制作段階から「これは誰に向けて,どうアピールするゲームなのか」を意識して作られるのが一般的だ。
 ここにおいて「ゲームを企画し,制作し,それをダウンロード販売サイトで売る」ところまでを,比較的短期間で体験できるインディーズゲーム制作は,開発会社にとって価値のある“研修”として認識されるようになった。


PC,コンシューマゲーム市場への回帰とインディーズゲーム


「パズル&ドラゴンズ」
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 新しい理由もある。それは,ゲーム産業の構造的な変化だ。
 2010年に「ドラゴンコレクション」,2012年に「パズル&ドラゴンズ」がリリースされたあたりから,ゲーム会社にとってモバイルゲームはドル箱となり,ドル箱であり続けてきた。世界的な統計を見ても,モバイル市場はさらに伸びていくだろう。
 サポート期間中に1億台売れれば歴史的な傑作機となるコンシューマ機や,年間に全世界で3億台程度を出荷するPCに対し,スマートフォンは四半期単位で3億台を出荷している(リンク)。母数で10億近くかそれ以上の差があるわけで,ここまで違うと駆動するゲームから得られる収益もまた,大きな差が生じるのだ。

 だが,その母数にふさわしい膨大な収益を得られるチャンスがあるからこそ,モバイルゲーム産業はあまりにも加熱しすぎてしまった。
 2013年にリリースされた「チェインクロニクル」は開発費に1億円以上を投じたことで話題になったが,2015年には「平均的なゲーム」の開発費が1億円に到達。2020年にリリースされた「原神」の開発費に至っては100億円と言われている。

「原神」
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 その一方でモバイルゲームの世界は,新規タイトルが売上の上位に食い込むのが難しいことで知られている。「ウマ娘 プリティーダービー」や「原神」「ブルーアーカイブ」,コアゲーマー向けには「荒野行動」や「PUBG MOBILE」といった新作がランクインしていると思われるかもしれないが,これらは例外中の例外だ。
 たとえば,2021年の日本国内におけるモバイルゲームの売上ランキングを見ると,2020年以降の作品はベスト10に2作品(「ウマ娘」「原神」)しか入っていない(「ファミ通モバイルゲーム白書2022」より)。

 加えて,モバイルゲーム市場では「各ジャンルの上位10位に食い込む作品が,そのジャンルで発生している売上の大半を占める」という現実がある。大げさな言い方をすれば,「億の桁の賭け金が必要だが,上位に食い込めなければ敗北する(しかも上位は驚異的な売上)」のがモバイルゲームなのだ。パープルオーシャンにそびえる障壁は,Indie Apocalypseどころの騒ぎではない。

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[2016/07/27 21:12]

 モバイルゲーム市場におけるリスクが急激に高まったのに対し,世界全体で見るとゲーマーの消費傾向には明らかな変化が生じた。その主因となったのは,新型コロナウイルスによるパンデミックだ。
 いわゆる「Stay Home」によって発生した巣ごもり消費によってゲーム産業は大いに潤い,自宅の滞在時間が急激に伸びたことでコンシューマゲーム機の需要が増加した。これまでスキマ時間で遊ばれていた(あるいはモバイルゲームの成長によって,スキマ時間で遊ばれることが一般化した)ゲームは,「家で長時間を消費するための娯楽」と再定義され,「テレビの前に座ってゲームを遊ぶ」文化が再度成長したのだ。

GamesIndustry.biz Japan Edition「新型コロナウイルス流行期間中のゲーム売上はどうなっていたのか」


 この変化は世界中のゲーム開発会社やプラットフォームに大きな影響を与えている。2022年のゲーム技術カンファレンスにおいても,「PCやコンシューマゲーム機の市場(あえて言えば非モバイル市場)にどう立ち向かうべきか」という論点を掲げた講演やパネルディスカッションは増えており,業界全体の認識の変化を感じさせた(そこには中国系モバイルゲームには敵わない,という諦めも感じられなくはない)。

 また,日本市場に限って言えば,規模は小さいとはいえ,PCゲーム市場の急成長を指摘できる。コンシューマゲーム機の最新ハードが入手困難であり続けるなか,ゲーマーたちの間では「PC版を遊ぶ」という選択が増えた。
 もともと若年層における「Minecraft」の人気(MODを導入するにはPC版がベストだ)や,FPS熱の高まりがあったところに,プログラム教育の義務化という動きもあり,高性能なPCを家に置くモチベーションや理由が生まれている。

 こうした流れを受けて,売り切り型ゲーム市場における競争力を確保したり,強化したりするために,大手ゲーム開発会社がインディーズゲームに目を向けるようになってきた。
 たとえば,2021年にバンダイナムコスタジオが立ち上げたインディーズゲームレーベル「GYAAR Studio(ギャースタジオ)」は「若手クリエイターが自由な発想で独創的なアイデアをダイレクトに表現するため」だけでなく,「ワールドワイドメジャータイトルの創出を基本戦略の一つ」に掲げており,ストレートにその意思が感じられる。

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[2021/10/15 11:48]


大手ゲーム会社の本格的な参入


 大手ゲーム開発会社のインディーズゲーム参入には,自社開発のほかにもさまざまな形が存在する。
 最も多いパターンは,インディーズゲームのパブリッシャとして参入するという方向性だ。たとえばバンダイナムコエンターテインメントは,2020年にインディーズゲームパブリッシング事業やクリエイターマネジメント事業を行うPhoenixxと資本業務提携を締結しているが,それ以前にもインディーズゲームのパブリッシャとしての事例が見られる(「Little Nightmare」や「11-11 Memories Retold」など)。また,スクウェア・エニックスも「Powerwash Simulator」や(インディーズゲームかどうか悩ましいが)「Life is Strange」のパブリッシュを行っている。
 海外ではTake-Two Interactiveが2017年,インディーズゲーム開発者支援に焦点を当てたレーベル,Private Divisionを立ち上げた。

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[2017/12/15 13:08]

 パブリッシュ事業から一歩踏み込んで,より深いレベルの開発者支援を行うパターンもある。マーベラスは2021年,日本発のインディーズゲーム・インキュベーションプログラムである「iGi」を発足させた。同社は大ヒットしたインディーズゲーム「天穂のサクナヒメ」のパブリッシャとしても知られるが,iGiでは開発資金の援助や広報・販売の請負という範囲を超え,開発者支援としての教育プログラムにまで踏み出している。

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[2022/02/18 19:20]

 また,ユニークなところでは,自社IPの利用権をインディーズゲーム開発者に提供するというケースがある。
 「League of Legends」「VALORANT」で知られるRiot Gamesは,同社保有のIPを使った新たなゲームを作るにあたり,新たなパブリッシャとしてRiot Forgeを立ち上げ,インディーズゲーム開発者と提携する道を選んだ(Riot ForgeのクリエイティブディレクターであるRowan Parker氏は,BitSummitの立ち上げメンバーでもある)。

Riot Gamesが2023年内のリリースを予定している新作「ヌヌの唄:リーグ・オブ・レジェンド ストーリー」。さらに「コンバージェンス:リーグ・オブ・レジェンド ストーリー」を開発中。インディーズゲーム開発者と協力して,LoLユニバースの拡張を目指している
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 こうした流れはインディーズゲーム開発者にとってありがたいと同時に,困った流れでもある。
 前述のように,多くのインディーズゲーム開発者にとって大きな問題なのは,世にリリースされるゲームが多くなりすぎたことによる露出の低下(それに伴う販売機会の減少),つまりIndie Apocalypseだ。
 この問題に対し,大手企業の協力が得られる可能性があるというのは,インディーズゲーム開発者にとって嬉しい話だ。ただし,こうした支援策によってインディーズゲームが高度化(ないし大予算化)することには,Indie Apocalypseをより困難にする効果もある。つまり,大きなチャンスを得たインディーズゲーム開発者と,そうでない者の間に生まれるギャップは個人では覆し得ないレベルに達しているのだ。


急速に高度化するインディーズゲーム産業


 インディーズゲームが急激に高度化しているという現象は,大手ゲーム開発会社の協力だけでなく,複数の角度から観測されている。それぞれを詳しく見ていこう。

 まず最初に挙げられるのは,単純にゲームとしての完成度が上がったという点だ。
 「市場参入者が増えればハイクオリティなゲームが増えて当然」という話であり,プレイヤーにとって嬉しい話でしかない。これを否定的に捉えるのはいかがなものかという気もするが,クオリティの上昇速度が速すぎることは指摘可能だ。
 実際,世の中には「非の打ち所がない」(控えめに言って,大手ゲーム開発会社の作品と遜色がない)と評価されるインディーズゲームが存在していて,その多くは世界的なヒットにつながっている。具体的に挙げるときりはないが,「Hades」「UNDERTALE」「Factorio」といった傑作はその代表格だ。また,「世界一売れたゲーム」の記録を塗り替えた「Minecraft」もインディーズゲームである。
 こうなってくると,多少アイデアに優れている程度では評価されにくい。たとえば「興味深いギミックはあるが,これなら『Minecraft』(にMODを足したもの)でいいや」と言われかねない。優れたゲームは経年劣化を起こしにくく,あらゆる新作は現状プレイアブルな多数の傑作と競合関係にある。これは,Indie Apocalypseを過酷なものとする要因の一つだ。

「Hades」
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 完成度の向上と背中合わせになっているのは,開発規模の拡大と開発費用の増大だ。
 最初に述べたように,インディーズゲームの定義は曖昧だ。ゆえに「無借金経営である(インディペンデントである)」ことをもって「自分たちはインディーズゲームスタジオだ」と主張することにも,とくにおかしなところはない。むしろ,出資者がゲームの方向性にあれこれ口を出してくる可能性を完全に排除している以上,「インディー スピリットを体現している」と評価すべきだろう。

 だが,そのような経営をしている開発会社に所属する社員が200名を超え,複数の事務所を持っているということになると,「それはインディーズゲームスタジオなのか?」という疑念を持たれるかもしれない(誤解のないように補足しておくと,筆者自身はインディーズゲームスタジオだと感じているが,それが個人の見解でしかないのもまた事実だ)。
 大規模なスタジオで開発されるインディーズゲームは,当然ながらクオリティも高い。より正確に言えば,クオリティを追求したからこそ,チームは大型化せざるを得なかったということになる。それはそれで必然ではあるものの,やはりそうしたスタジオのスタッフと話をするとき,「自分たちをインディーズゲーム開発者と呼んでいいのか」といった言葉を耳にすることも自然と増えた。
 ともあれ,大型化かつ大予算となったインディーズゲームは(市場の大型化に歩調を合わせるように)確実に増加しており,こういった作品をAAAに対して,「III」「Triple-I」(トリプル・アイ)と呼ぶケースも現れた。

「UNDERTALE」
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 まったく別の方面でインディーズゲームの高度化している部分もある。超有名ゲームクリエイターが続々と,インディーズゲーム市場に参入しているのだ。
 日本においては,IGA氏や小島秀夫氏,目黒将司氏,塩川洋介氏といった錚々たるメンバーが,それぞれのインディーズゲーム制作に乗り出している。前段のとおり,豪華な開発体制によるタイトルをインディーズゲームとして扱うべきかどうかには議論が尽きないが,この著名人のリストは長くなる一方だ。
 同じことは海外でも言える。2019年,Private Divisionから発売された「Ancestors: The Humankind Odyssey」の開発元,Panache Digital Gamesの共同創業者は「アサシン クリード」シリーズで知られるPatrice Desilets氏だ。Private Divisionは有名クリエイターのインディーズゲーム制作をサポートしており,なかには「ミラーズエッジ」のBen Cousins氏,「Halo」のMarcus Lehto氏といった名が並んでいる。

 無論,ビッグネームが作ったから面白いゲームになるとは限らないし,売れるとも決まっていない。事実,Private Divisionが手掛けたプロジェクトのうち,Ben Cousins氏の「Darkborn」は2020年に開発を中止,Marcus Lehto氏の「Disintegration」はリリースされたがスタジオ閉鎖に追い込まれた。ゲーム制作とは,かくも難しい。
 だが,少なくともIndie Apocalypseの「自分が作ったゲームが露出を得られない」という課題に対して,「有名人がゲームを作っている」という情報は有利に働く。

「Disintegration」
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 開発者の知名度は露出の機会を増やせるだけでなく,開発資金の獲得という面でも有利に働く。
 一般的にゲーム開発には,多額の資金(主に人件費)が必要になる。少人数で制作されるインディーズゲームでは,AAAタイトルのような超高額がのっけから必要となることは少ないが,それでも数千万円規模が一瞬で溶けてしまうのがゲーム制作だ。
 このため,とくにアメリカやヨーロッパではインディーズゲーム開発者が金銭的支援を得るべく,自分のゲームを投資家やパブリッシャにプレゼンするイベント(「ピッチ」と呼ばれている)が一般化している。

 当然ながら,ここでも開発者の知名度は結果に影響を及ぼしやすい。
 世の中にはゲームに精通した投資家が存在し,パブリッシャのスカウトは目が肥えた人物が揃う。そんな彼らが「有名人が制作指揮を執る」ことをマイナスに評価することはない。なぜなら,その知名度はゲームをPRするにあたって,必ずプラスに作用するからだ。
 「フルタイムでのゲーム制作に乗り出すために資金援助を得ようとしたら,業界の有名人がライバルとして登壇した」というのは,なかなかの悪夢だ。近年,NetEase Gamesは有力な投資元として知られているが,ここでもやはりクリエイターの知名度がもたらす影響は大きい。

 最後に,インディーズゲームの良し悪し(≒売れるかどうか)を見抜く目利きのレベルが,これまでになく高まっていることも重要だ。
 インディーズゲームが盛り上がっていくなかで,インディーズゲーム専門のパブリッシャが次々に出現した。そのなかにはDevolver DigitalやRaw Furyといった,超大手と呼ぶにふさわしいパブリッシャも含まれている。
 また,ゲーム実況動画の人気上昇に合わせて,インフルエンサーがインディーズゲームにもたらす影響力も無視できるものではなくなった。たとえば「Slay the Spire」のヒットは,インフルエンサーの影響が非常に大きかったと言われている。

「Slay the Spire」
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 ここにおいて,「自分がパブリッシャ,インフルエンサーに選ばれるのではない。自分のゲームにふさわしいパブリッシャ,インフルエンサーを選ぶのだ」という気概(あるいはインディー スピリット)を開発者が持ち続けるには,相応の自負と根性が必要になるだろう。
 一方で,「有力なパブリッシャ,インフルエンサーに選ばれれば勝てる」という考えは,インディー スピリットを挫きかねないだけでなく,別の危険性を招く。それは詐欺だ。
 精一杯,頑張って自分のベストゲームを作っても,その道のプロは誰も注目してくれない。そんなとき,「あなたのゲームは素晴らしい! あなたの作品を世に広める手伝いをしたい!」と申し込まれ,思わずクラリと来る……。そんな事例は(詐欺の規模に大小はあれど)世界中で散見される。
 パブリッシャを名乗る集団による詐欺は稀だが,インフルエンサーを名乗る個人による詐欺(スマホでYouTubeの画面を見せながら「このチャンネルを運営しています! あなたのゲームのSteamキーをください! 実況します!」と言うのが定番。もちろん,チャンネルは他人のもの)は,とくにゲームショウにおいては頻発というレベルを超えている。

 総じて言えば,ゲームエンジンの発展やゲーム制作教材の発達(および無料化)などによってインディーズゲーム開発の裾野は広がると同時に,期待される品質の上限も極めて高くなっている。
 少なくとも「インディーズゲームだから,この程度でもいい」というロジックは,もはやまったく通用しなくなった。「個人制作または小規模制作だから,粗があっても仕方ない」という考えで作られたゲームも受け入れられる時代は終わっている。


ヨーロッパで見られ始めた行き詰まり


 インディーズゲーム市場の規模とそれを取り巻く環境が発展をする一方,とくに近年のヨーロッパではインディーズゲームの伸び悩みが観測されるようになった。具体的に言えば,「なるべく無難なところに落とし込もう」とする制作者の意思を感じることが珍しくなくなった。とあるゲームショウに出展されていたインディーズゲームをすべてチェックした結果,いずれもそのように感じたことすらある。
 この感触はどうやら筆者だけのものではないようで,会場でゲームクリエイターやスカウトと話す機会に「『これは』と思えるゲームはなかったね」とボヤかれることが多くなった。

 この理由はいくつか考えられるが,根本的なところで「ゲームを作るのは難しいから」という身も蓋もない点が指摘できる。
 どんなに小さなゲームであっても,ゲームを作るのは難しい。そのゲームを面白くすることは,もっと難しい。ましてや誰も見たことがないほど斬新で,かつ面白いゲームともなれば,ほとんど不可能の領域に突入する。
 だから,ゲームはなかなか完成しない。完成しても,それをちゃんと面白いゲームに仕上げるのは難しい。プロトタイプの段階ではあんなに面白かったゲームが,完成に近づくにつれて面白くなくなっていく。ゲームを作ったことがある人なら,誰しもそんな経験があると思う。
 ゲームという構造体はあまりにも複雑であり,「こうすれば絶対に完成する」「こうすれば絶対に面白くなる」という勝利の方程式は(トップクリエイターを除けば)ほとんどの人にとって手に余るものだ。

 「ゲームを作ることは難しい」という大前提に,「インディーズゲームが高度な産業になった」という昨今の状況が加わると,必然的に「無難なところに落とし込もう」という意思が顕著に現れるのは仕方がない。誰かのカネを使ってゲームを作る場合,「やっぱりできませんでした」「作ってみたけど面白くなくて話にならない」で終わることは避けなくてはならない。

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[2016/05/09 18:01]

 こうした作り手側の事情だけでなく,販売サイトの検索性にも要因が求められる。
 仮に,筆者がまったく新しいゲームを作り上げ,Steamで発表したとしよう。そのゲームはあまりに斬新で,従来のジャンルにフィットしないし,どんなゲームにも似ていない。ジャンルとして,完全に新しいタグを付けるしかない。そして,残念ながら広告宣伝費をまったく捻出できなかった。
 さて,このゲームのSteamページにはどんなゲーマーならば到達できるのだろうか。おそらく答えは「ほとんど誰も到達できない」である。リリース直後にものすごく売れてランキング上位に来るといった奇跡でも起きなければ,まったく新しいゲームが売れるチャンスは極めて低い。ユーザーには見つける方法がないからだ。
 このゲームを本気で売るなら,完全に新しいゲームであることを積極的には表に出さず,似ていると強弁できる人気ジャンルのタグを打つのが,ベストの選択となるだろう。ご存じのとおり,Steamではローグライク,メトロイドヴァニア,アドベンチャー,ソウルライク,RPG,サンドボックスといったジャンル(Steamタグ)の人気が高い。

 なお,現実的には斬新なゲームが上手く完成することはめったになく,開発者のなかには人気ジャンルから作品の方向性を決める人も少なくない。「人気ゲームに似ている」「人気ジャンルに属している」ことは,Steamでゲームが発見される確率を大いに高めるからだ。こうした背景も「無難なところに落とし込もう」とする作品の増加に関係しているのだろう。


日本におけるインディーズゲームの盛り上がり


 盛況と混迷が入り乱れるインディーズゲームのシーンだが,昨今の日本ではその地位向上が明確に観測できるようになってきた。そして,今回の盛り上がりには過去のそれとは違う点も見受けられる。

 最大の変化としては,大手出版社がインディーズゲーム支援に乗り出してきたことが挙げられる。集英社や講談社などの取り組みを,4Gamer読者に今さら詳しく解説する必要はないだろう。

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[2022/06/04 12:00]
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 出版大手の講談社は本日(2020年9月14日),インディーズゲームのクリエイターを支援するプロジェクト「講談社ゲームクリエイターズラボ」を発表した。メンバーに選ばれた開発者には最大2000万円の開発支援金が支給されるほか,さまざまなサポートが受けられるという。

[2020/09/14 11:00]

 これらの支援プログラムで最も興味深いと感じているのは,「編集」というアプローチをゲームに対して行おうとしていることだ。というのも,ゲーム制作の手法に普遍的な正解と呼べるものはないのが現状であり,世界各国の学術領域から産業領域まで,さまざまな分野で「どうやってゲームを作ればいいのか」は研究され続けているからだ。
 ここにおいて,編集という技法とプロセス(ないしワークフロー)をインディーズゲーム制作に適用しようとする試みがどういう結果を生むのか。そこに注目はしておくべきだろう。また,ある程度の成果やノウハウが蓄積されたら,ぜひ国際的な発表の場で公開してほしいとも思う。

 前述したマーベラスエンターテイメントによるインキュベーションプログラムも重要な役割を担う。現代のインディーズゲーム市場の複雑性を鑑みるに,iGiに限らず,教育プログラムはもっと増えて然るべきだが,ともあれ第一歩が刻まれたことには大きな価値がある。だからこそ,iGiには成果だけでなく,継続性を重視していただきたい。

 学術分野でも,大きな進展があった。これまでもゲーム制作を教える大学や専門学校は存在していたが,2019年に東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコースが新設されたことは,非常に大きな意味がある。同コースの制作発表会「GEIDAI GAMES」に出展される作品の多くは,個人あるいは2人で作られた作品なのだ(同大学と南カリフォルニア大学の共同制作ゲームは4人チーム)。
 今後,Sweden Game Arenaのような産官学連携プロジェクトが,日本でも運用されるようになることを望む。

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[2020/02/22 00:00]

東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコース展「GEIDAI GAMES」特設ページ


 もちろん,恒例のBitSummitをはじめ,INDIE Live Expo,デジゲー博など,インディ/同人ゲームを中心にしたイベントの盛況ぶりもファンとしては非常に嬉しい。インディーズゲームの情報が少しでも多く,まとまった形で流れてくることに大きな価値がある。
 また,積極的にインディーズゲームを取り上げるゲーム実況者が人気を博しているのも,好意的に受け止められるだろう。ゲーム実況が未開拓だった時代,権利関係の問題が起こりにくい(あるいは許可を取りやすい)インディーズゲームが実況者の間で人気になったものだが,純粋に「インディーズゲームが好き」な実況者が広く受け入れられていることは,インディーズゲームが定着していくにあたって重要な意味を持つ。

毎年,京都で開催されている日本最大級のインディーズゲームイベントBitSummit。写真は2022年の開催会場
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これからのインディーズゲーム――あるいは激化するIndie Apocalypse


 いよいよ,「これからのインディーズゲーム」について,その展望を考えてみよう。あるいは,インディーズゲーム制作を志している読者への警告と捉えてもらっても構わない(なにせ筆者はGDCの現地取材では必ずFailure Workshopを聴講し,可能な限り記事にしてきた人間である)。

 最初に指摘すべきは「Indie Apocalypseの過酷さは,深まりはするが解消はしない」という点だろう。
 Indie Apocalypseが今後,沈静化することはない。むしろ,急激に激化していく要因しか見つからない。
 たとえば,インドは長らくゲーム市場としては低調だったが,2018年に「PUBG MOBILE」がリリースされて以降,一気にゲーム消費に火がついた。10年後にはインドの子供たちのなかから,ゲーム開発者として頭角を現す者が出てくるだろう。
 同じことは急激な経済成長を遂げているアフリカ諸国にも言える。現状,南アフリカと地中海沿岸以外には目立ったゲーム産業は見つけにくいが,今後20年のスパンで見れば,アフリカにゲーム産業が勃興しないわけがない。


 つまり,将来的にゲーム産業に参入してくる人口が増えることはあっても,減ることはない。そして,東欧や北欧においてゲーム産業を育成するために利用されてきたインディーズゲーム支援システムだが,それを参照している政府組織は少なくない。

 そうした要因がなかったとしてもゲーム制作は大変だ。
 筆者は世界各国のゲーム技術カンファレンスを取材しているが,2016年以降に4回,登壇者(いずれも有名なゲーム開発者)が「ゲームなんて作るもんじゃない」という冗談を口にするのを聞いた。それくらいには開発者の共感を呼びやすい,鉄板ネタなのだ。
 もちろん,ゲーム制作がいかに儲からないかというシリアスなテーマも,しばしば議論の俎上に上がっている。そして「カネのためにゲームを作るのは,あまりに効率が悪い」という指摘を複数の国で聞くことになった。ゲームを作って生きていこうという選択は,国際的にもあまり効率的ではないようだ。

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 GDC 2018のIndependent Games Summitで,「Failure Workshop」と題された講演が行われた。登壇したのは,手がけたタイトルがアーリーアクセス段階では大成功していたのに,リリースと同時に不評の嵐に見舞われ,そこから再起を成し遂げた2人の開発者だ。

[2018/03/21 00:00]
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 GDCのIndependent Games Summitでは,「Failure Workshop」と題された講演が毎年開催されている。この講演では「失敗したゲームが,どのように,なぜ失敗したか」が当事者によって語られる。今年は「3万ドルの音楽予算を投じたリズムゲームが,ゲームとしては破綻した(リリースできなかった)」という事例が語られている。

[2021/07/22 12:51]

 それでもインディーズゲーム制作の道に足を踏み入れたいのなら,「誰よりも強い情熱」だけでは勝てない世界であることを,深く認識する必要がある。なぜなら世界中のあらゆるインディーズゲーム開発者は全員,「誰よりも強い情熱」を胸に抱いて茨の道に進んでいるからだ。
 GDCのFailure Workshopでは「ゲーム開発者にとって夢の舞台に立っているのに,ちっとも嬉しくない。なぜ自分がゲームを作っているのか,自分にはもう分からない」と嘆く開発者が登壇したことがある。そうなってもなお,ゲームを作り続けてしまう人々が世界のあちこちに存在している。

 その上でインディーズゲーム開発者は,この領域はいまでもニッチな趣味であること,そして当面は状況が変化しないことを自覚する必要がある。
 近年,インディーズゲームでも100万本どころか400万本,500万本と売れるタイトルが出現するようになった。さすがにここまで売れるタイトルはごくわずかだが,本当に途轍もない状況である。

Cuphead」は2020年7月時点で600万本のセールスを達成している。もちろん,稀に見る成功例だ
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 ただ,AAAタイトルを見れば,「Call of Duty」シリーズは2007年の「コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア」以降,基本的にセールスが1000万本を下回ったことがなく,頻繁に2000万本を突破している。文字通り,桁違いだ。
 また,「アサシン クリード」シリーズは累計1.55億本を売り上げたという報告があるが,大まかに計算しても1タイトルにつき600万本以上となる(同シリーズは計25作品。スピンオフやモバイル版を含む)。なお,歴代最多の「アサシン クリードIII」は累計1200万本を記録し,こちらも桁違いである。

 翻ってインディーズゲームから1000万本を超えるタイトルが,毎年のように現れる未来はまだ遠いと考えるべきだろう。ユーザーベースの桁がまるで違うモバイルゲームのプレイ人口まで考えれば,インディーズゲームが「知る人ぞ知る存在」を突破する未来は,相当遠いと考えるべきだ。
 あまりゲームに関心がない層に対して「インディーズゲームを作っています」と自己紹介したとき,それがどんな仕事なのかを理解してもらえる未来が訪れるのにも,それなりの時間がかかる――言い換えれば,「インディーズゲーム開発者として故郷に錦を飾る」のは,当面の間,かなり難しいだろう。

2014年にクロアチアで初めて開催されたゲーム技術カンファレンス「REBOOT Develop」。このイベントが高級リゾートホテルを会場にしている理由には,ゲーム開発者の地位向上を意識している側面がある(両親を会場に招くことで,自身の仕事をアピールできる)。写真は2017年の開催会場(リンク
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 しかし,厳しい展望ばかりではない。とくに日本において,インディーズゲーム制作は当面,有利な仕事であり得る。というのも,Steamでゲームを売る場合,ローカライズをちゃんとしておけば外貨獲得産業になるからだ。
 円安傾向が続く限り,ドルを獲得できる産業(しかも原材料を輸入する必要がほとんどない産業)には,大きなメリットがある。

 また,多様なゲーム体験を望むゲーマーの立場としては,インディーズゲームにはこれまでよりも,制作者が育ってきた文化に基づいた作風が増えていくことへの期待が持てる。
 Indie Apocalypseの本質は過当競争だが,その対応の王道は差別化である。最も手堅い差別化には「制作者が最も馴染み深いローカル文化をゲームに取り入れる」ことが考えられるし,これはまさに現在進行形の現象だ。

日本発の大ヒットタイトル「天穂のサクナヒメ」。日本古来の文化や哲学,歴史を丁寧に取り入れた稲作アクションゲームだ
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 インディーズゲームは基本的に世界全体を一つの市場と捉えていることも,この傾向を加速する要因と言える。
 従来,ゲームの物語を提示する場合,テキストを使うのが一般的だった。それが最も安かったからだ。だが,世界中にゲームを売ることが前提となったいま,テキストに依存していると翻訳コストが膨れ上がる。
 一方,ゲーム全体のトレンドとして,テキストに依存しない物語表現(いわゆる環境ストーリーテリング)が徐々に一般化しつつある。ローカライズコストを押し上げる要因となるテキストを使わず,物語を表現するための技術として,環境ストーリーテリングを採用するケースが増えているのだ。

Unpacking」はテキストに依存しない物語表現の好例と言える。本作には言葉(テキスト)はなくとも,プレイヤーが手に取る荷物から物語が広がっていく
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 なお,環境ストーリーテリングは,テキストによるストーリーテリングより,圧倒的に壊れやすい。たとえば「昭和の東京にタイムスリップしてしまった」という舞台設定において,遠くにスカイツリーが見えたら,多くの日本人ゲーマーは「あのスカイツリーに何か秘密がある」と確信するだろう。
 だが,そのスカイツリーが「アメリカで生まれ育った制作者の思い違い」でしかなかった場合(海外の建造物に対し,この手の思い違いが起こることは珍しくない),そのゲームの物語表現に大きなキズを残すことになる。
 このような「制作者にとっては小さいミス,プレイヤーにとっては致命的なミス」を回避し,かつゲームで描かれる世界や物語のリアリティと精度を高めるには,制作者が生まれ育った地域の文化や歴史に基づいた設定を選ぶのが効率的だ。

 実際のところ,「VA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action」の世界は一見すると荒唐無稽だが,それでいて奇妙なリアリティが感じられる。それは制作者が住むベネズエラの日常をモチーフにしているからだ。こういったケースは今後も増えていくだろう。

「VA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action」
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ゲームとインディー スピリット


 現在のインディーズゲームをとりまく環境,そこに至るまでの歴史や経緯をまとめてみたわけだが,あくまで筆者の観測範囲に基づく概論である。もっと詳しく議論すべき点も多々あるのだが,それはまた別の機会に譲りたい。

 これはまったく個人的な感想でしかないが,仕事柄,偉大なゲーム制作者と話をする機会が多い人間として,「インディー スピリット」なるものには思うところがある。
 「インディーズゲームをインディーズゲームたらしめるのは,インディー スピリットである」という見解は,IGFだけのものではないし,筆者だけのものでもない。面白いことに,世界各地でそういった言葉を目にする。IGFの影響力が大きいとも言えるだろうが,どうやら「インディー スピリット」という概念には開発者の心に響く何かがあるようにも思える。

 そこで,あらためてインディー スピリットとは何かと考えたとき,「逆にインディー スピリットのないゲームとは?」という疑問が心をよぎることになる。
 冒頭で述べたように,コンピュータゲームの黎明期にはあらゆる作品がインディーズゲームと呼べる状況にあった。それ以降,巨大化していくうちにその精神を完全に喪失してしまったゲームがどれほどあるのだろう。
 インディー スピリットどころか,制作者のスピリットの欠片も感じられないゲームは確かに知っている。だが,その総数は想像しているよりも,ずっと少ないのではないかと思う。

「コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア」
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 AAAゲームの代表格とも言える,2007年の「コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア」のことを考えてみよう。当時としてもAAAゲームと断言できる作品だったし,現代の基準でもAAAゲームと評価できる。
 では,本作にインディー スピリットは無いのか。「戦争映画の中に入り込んだかのような体験を届ける」という強い意志を無くして,この作品は存在し得ただろうか。クリエイターが目指したゴールを実現するにあたっては,「乗り越えるべき課題を札束で殴りつけて解決する」という,およそインディーズ的ではない手法を取っているが,だからと言ってインディー スピリットがないと決めつけられるのか。

 AAAゲームにはインディー スピリットがないとする意見のなかには,「AAAゲームの現場には自由な制作環境がなく,『これは売れるために必要だ』というものを作り,『これをやったら売れない』というものを作らないのが主な仕事である」というものがある。
 しかし,インディーズゲームにもパブリッシャや投資家が付く昨今,完全に自由なインディーズゲームばかりではない。それともパブリッシャや投資家が付いたゲームにはインディー スピリットが無いから,真のインディーズゲームではないと言えるのか。「自由な制作環境」とは,何がどのように自由であるべきなのだろう。

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 スウェーデンのシェブデでは若き学生が「自分はカネのためにゲームを作りたくない」と熱弁するが,その一方でゲーム制作のプロはしばしば「カネを稼ぎたいならゲームなんて作るべきではない」と語る。そして,それでもプロはゲームを作り続けている。

 「Indie」の語源である「Independent」とは,独立していること,自分が自分自身であることを意味している。
 その思いはときに,「自分にしかこれは作れない」という強烈な誇りともなれば,「自分のほうがずっと上手くやれる」という煮えるような嫉妬心ともなる。また,「自分にはこれしかない」という自負,あるいは恐怖にもなるだろう。自分ではどうしようもない情熱を伝説的なゲーム開発者は持っていたし,現代の開発者も持っている。
 インディー スピリットはインディーズゲーム開発者だけが持つものではなく,インディーズゲームだけに宿るものではない。我々にゲームの体験を刻み込んできたのは,それがどんな規模のゲームであれ,開発者が抱えていた各自のインディー スピリットだったのではないか?
 我々がインディーズゲームに引き込まれるのは(あるいはインディーズゲームをそうたらしめるのは),ゲーム体験の核となるインディー スピリットを,最もダイレクトに伝えようとするゲームジャンルがインディーズゲームだからではないか――それが,今の筆者が持っている回答である。
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