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[GDC 2023]より優れたPCゲームをデザインするために,TRPGから「盗む」べきものは何か?
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印刷2023/03/25 16:13

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[GDC 2023]より優れたPCゲームをデザインするために,TRPGから「盗む」べきものは何か?

 日本では「クトゥルフの呼び声」を中心として大きな盛り上がりをみせるTRPGだが,海外でもTwitchでのTRPGプレイ実況が多数の視聴者を集めるなど,その盛り上がりは世界的なものになっている。また,クラシックなゲームシステム以外にも,「インディーズTRPG」と呼ぶべき斬新,あるいは挑戦的なゲームシステムを持つ作品が続々と出版されており,新たなゲーム体験を生み出している。

 当然ながら,こういった動きはPCゲーム業界も察知している。実際のところゲーム開発者は,ゲームがとても好きだ。そしてゲームがとても好きな人々は,PCだろうがアナログだろうがゲームが好きで,新しいゲームがプレイできる機会を逃したがらない。
 「ゲームが好きなプレイヤー」と「ゲームが好きな開発者」の間に存在する唯一の違いは,前者はあまり自分でゲームを作らないが,後者はゲームを作るのが仕事だということだ。そして後者は,「どうしたら目の前のゲームを,自分が作っているゲームに応用できるだろうか?」と考えながらゲームを楽しむことも珍しくない。

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 GDC 2023のNarrative Summitで行われた「THE BEST AND MOST STEALABLE MECHANICS FROM TABLETOP RPGS」と題された講演は,そんな後者による発見がいくつも示された講演だ。果たしてPCゲームが「盗む」ことが容易,かつ「盗む」ことが効果的であるとみなされたTRPGのゲームメカニクスには,どんなものがあるのだろうか?


盗むべきターゲットは6種類


Obsidian EntertainmentのSenior Area Designer,Evan Hill氏
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 なかなか挑発的なタイトルを有する講演に登壇したのはObsidian EntertainmentのSenior Area DesignerであるEvan Hill氏だ。氏は古くからのTRPGプレイヤーであり,TRPGが原作となるゲーム制作に何度も関わっており,かつ最新のTRPGにも造詣が深いという,この講演のために生まれたのではないかとすら感じる人物である。


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 さて,この講演においてHill氏は最初に「TRPGから盗みやすく,かつPCゲームにとって有益に機能するゲームメカニクス」として,6種類のジャンルを指し示した。このすべてを詳しく紹介したいところではあるが,本稿ではとくに日本のTRPGプレイヤーにもピンときやすいゲームメカニクスを選び,それがどのようにPCゲームに適用され得るのかという点に集中してお伝えしたい。

盗むべき6つのターゲット
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キャラクターの内面に至る道


 おそらく多くの読者にとって最も分かりやすい事例は,TRPG「Blades in the Dark」において採用されている「ストレス値」だろう。
 ソロプレイも可能なことで知られる「Blade in the Dark」は,ゲームシステムとシナリオ,その双方の構造において大きな特徴を有している。本作ではプレイヤーはセッション中に「時間を巻き戻す」ことができるが,それが可能となるよう,シナリオの形式もまた特殊な様式が採用されている(そしてこのメカニクスそのものも,PCゲームが盗みやすいメカニクスとして紹介された。講演ではPCゲームへの実装としてクエストログが指摘されたが,「Detroit Become Human」や,ひいては「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」のようなアドベンチャーゲームもまた想起できる)。

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 そのうえで,「Blade in the Dark」ではプレイヤーが時間を巻き戻すと,キャラクターの精神に負荷がかかるというシステムが採用されている。カンの良い読者ならこの段階でお気づきかと思うが,「クトゥルフの呼び声」における「正気度」的なギミックである。
 だが「Blade in the Dark」においては正気度と異なり,「自分から精神に負荷をかけるというリスクを負うことで,より望ましい結果を導く」という構造になっている。実のところこの構造は大きく見れば正気度と同じ(「クトゥルフの呼び声」においても,正気度を失うリスクを承知で調査を進め,物語を進行させていくことになる)ではあるが,インタフェースとしてはよりアグレッシブな実装と言える。

 このような「精神ダメージ」に関してHell氏はPCゲームでの実装例として「The Darkest Dungeon」を挙げた。また大きな注意点として,「精神へのダメージが,第2のHPバーに対するダメージでしかないような実装では駄目だ」と指摘した。

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キャラクター性とゲームシステムを融合させる


 PCゲームにおいても,個性的かつ魅力あるキャラクターを作り出すことには重要な意義がある。だが「ロールプレイ」よりも「ゲーム」としてプレイされることが多いPCゲームにおいては,「ゲームを遊んでいると,自然とそのキャラクターらしさや,そのキャラクターの人間的魅力が浮き彫りになってくる」という構造を作るのは,けして簡単ではない。

 ここにおいてHill氏が注目したのは,「The Burning Wheel」と「Mouse Guard」というTRPGだ。これらのゲームは,キャラクターの性格や個性と,ゲームとしてキャラクターがどういう選択をするかという点が,シンプルなルールで連結されている。

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 「Mouse Guard」においては,キャラクターにはBelief(自分はかくあろうと思う信念)とInstinct(反射的にやってしまう本能)という,微妙に(ときに大幅に)方向性が異なる,2つの性質が設定される。
 例えばSadieというキャラクターであれば,「Guardmouseは自分の頭で考え,心に従って行動しなくてはならない」という信念を有している。一方,Sadieの本能は「任務中は絶対に遅刻しない」と設定されている。このように「こうありたい自分」と「ついついそうなってしまう自分」が別々に設定されることで,キャラクターはある程度まで首尾一貫した個性を発揮しつつ,その強さや弱さを多面的に表現することが容易になるというわけだ。
 このようにキャラクターが持つ複数の側面を設定しておくというシステムは,「Mass Effect」のようなゲームで採用されているとHill氏は指摘する。

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 「The Burning Wheel」では,キャラクターにはVice(悪徳)が設定される。そして興味深いことに,もしキャラクターが自分のViceに沿った行動を行った場合,その行動はより成功しやすくなる。だがその一方でViceに反するような行動をしようとすると,「そもそもその行動を行えない」可能性が生じる。
 このルールにより,キャラクターはより己が持つ悪徳に沿った行動を取るようになるし,同時に己が持つ悪徳に振り回される人生を歩み勝ちになる。

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 このようなシステムは「いかにもTRPGならでは」のように思うかもしれないが,実はPCゲームへの応用も容易であるとHill氏は語った。というのもこのシステムの肝となるのは,「キャラクターの能力値と,キャラクターの設定を,1つにまとめて処理する」という点にあるからだ。これによって必然的にキャラクターの設定はキャラクターのゲーム内部における行動の成否と連結されることになり,キャラクターはよりダイナミックな行動を自然と行うようになるというわけだ。

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見た目に注目するのではなく,効果と変化に注目する


 インディーズTRPGが発達するなか,「TRPGはダイスやカードを使って判定を行うもの」という常識に対する挑戦を行う作品も増えていった(このような作品の歴史は実のところもっと古いのだが,本稿の趣旨から逸れるのでここでは言及しない)。
 「DREAD」はホラーTRPGだが,判定のためのランダマイザとしてジェンガを用いる。判定結果は成功か失敗の2つで,何をしたら判定失敗となるかは言うまでもない。そのうえで本作が強烈なのは,誰かがジェンガのタワーを崩してしまった場合,キャラクターは全員死亡するという点だ。遊ぶ環境とプレイグループは選ぶが,適切な場においては確実に盛り上がるシステムと言える。

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 このあまりに特徴的なゲームシステムもまた,PCゲームにとって有益な示唆があるとHill氏は指摘する。というのも「DREAD」に見られる判定システムは「判定システムを用いて,急激なテンションと状況の変化をもたらすのは面白い」ことを示しているからだ。
 典型的な実装例としては,ステルスゲームがある。
 多くのステルスゲームは,計画を練りに練り,慎重に慎重を重ねて,徐々に高まる緊張感の中で困難を乗り越えていく。だがその一方で,なんらかのしくじりが発生し,警報が鳴り響いて銃を持った敵兵が集まってきたならば,そこから先には「力で解決する」という,これまでとは真逆のテンションの展開が発生する。この「しくじった」瞬間はゲームシステムによって判定されるが,これはまさに「DREAD」のおける判定失敗の瞬間というわけだ。

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クラシックがクラシックたる所以を探る


 ここまでは比較的新しい(少なくとも21世紀に入ってから発表された)TRPGが「盗む先」として紹介されてきたが,古いTRPGシステムから盗めるものがない,というわけではない。
 クラシックなTRPGルールは,現代の目から見るとアンバランスさや遊びにくさを感じることもあるが,「コアとなる部分はいまだに素晴らしい」とHill氏は評価する。そして事実,こういったクラシックなTRPGが持つアイデアを洗練させ,あるいは単純化した作品は2010年代以降も発表され続けている。

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 そしてこの事実は,2つの「盗み方」を指し示す。
 1つ目は,「クラシックなTRPGが持つ素晴らしいコア」を上手く抽出し,洗練させた形で提供するという方向性だ。例えば最も古い時代のD&D(の初期レベル)は全体に致死的な状況が多発し,かつキャラクターは脆弱という,それだけ見ればアンバランスな側面があった。だがこの「殺意が高く,キャラクターは弱い」という構造は,現代のソウルライク・ローグライクなゲームで良く目にする構造と言える。
 同様に,古いTRPGでは非常に細やかなインベントリ管理が要求されることがあったが,これもまたサバイバル系のPCゲームではお馴染みのものだと言える。

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 2つ目は,クラシックなアナログゲームから盗むのではなく,クラシックなPCゲームから盗むという考え方だ。
 「Rogue」「Hitman」「System Shock」といったクラシックなPCゲームは,今遊ぶといろいろ厳しさを感じる側面もあるが,いずれの作品も現代的な再解釈による傑作を産んでいる。

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今後のGDCとアナログゲーム


 これら以外にも「1ページRPG」や「マップに手書きで書き込むボードゲーム」といったものが「盗むべきターゲット」として示唆されたが,本稿はここまでとしておきたい。

 Hill氏は講演の最後に「盗むならばベストなものを盗め」と指摘したうえで,これはつまり言葉を変えれば「巨人の肩に乗れ」という教訓であることを示した。この教訓はかつてGDCでMark Rosewater氏指摘した教訓でもあり,ある意味で伝統を引き継ぐ見事な締めくくり方と言えるだろう。

「Citizen Sleeper」は「Railroad Ink」や「ヤッツィ」の影響が見られる作品だ
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1ページTRPGは「すぐに楽しい」を体現しているが,これは当然PCゲームにとっても非常に重要な要素だ
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「アナログゲームを上手く取り込んだPCゲームのなかでも,マストプレイなもの」として講演の最後にHill氏が激賞したのが「グノーシア」
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 さて,GDC 2023で個人的に気になった点として,このようなアナログゲーム研究を踏まえた講演が,以前にも増して様々なトラックに飛び散って行われるようになったという点がある。
 無論,かつて「Board Game Design Day」として行われていた「1日ぶち抜きでアナログゲーム関係の講演だけを行う部屋」は,「Tabletop Summit」という形で今年も確保されていた。
 だが例えば,かなり濃いアナログゲームの背景を持つ本講演はNarrative Summitで開催されたし,カードやダイスが持つランダムネスの振る舞いとその実装について基礎から非常に見通しよくまとめた講演「CARDS, DICE, AND RNGS: USING RANDOMNESS INTENTIONALLY」は4日目に(特にSummitなどとは関係なく)開催されている。

「CARDS, DICE, AND RNGS: USING RANDOMNESS INTENTIONALLY」は非常によくまとまった講演だった
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 これについてはいろいろと思うこともあるが,良い仮説を語るのであれば,それだけアナログゲームの制作技術がPCゲームの制作技術と密接につながるようになった証拠ではないかと思う。実際,「Tik Tokを用いたマーケティング」あたりの話になると極めて高確率で出現する「Among US」は,そのゲームデザインの背景にアナログゲームの「人狼」を有している。

 VR技術の発展と機材の普及により,別の角度からもアナログゲームがデジタルなプラットフォームと結びつく機会は増大している。また拡大し続けているゲーム実況市場においても,アナログゲームの存在感は想像以上に大きい。
 もしかしたら20年後くらいには,GDCからは「アナログゲームの講演」が良い意味で消え去っているかもしれない……そんなことを考えさせられる講演だった。

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