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ゲーム産業で今求められている人材育成とは。有識者3名による現在の取り組みが紹介されたセッションをレポート[TGS2024]
ゲーム教育ジャーナリスト/東京国際工科専門職大学講師
小野憲史氏
ゲームクリエイターズギルド 代表取締役
宮田大介氏
東京藝術大学大学院映像研究科 研究科長
桐山孝司氏
ゲーム業界におけるキャリアパス,人材育成の過去・現在・未来 2024
セッションの前半では,ゲーム産業における人材育成に関する登壇者それぞれの取り組みに関するプレゼンテーションが行われた。小野氏はまず,ゲーム産業で企業が求める人材は各社によって異なり,また大学で育成しようとする人材も学校ごとに異なると説明。
さらに消費者が求めるゲームも,最先端のものからクレーンゲームのようなカジュアルなものまで幅広いため,万人に喜ばれるゲームは極めて限られるとの見解を示した。
そうした中,2015年に開催され,小野氏がモデレーターを務めたシンポジウム「ゲーム業界におけるキャリアパス,人材育成の過去・現在・未来」では,ゲーム産業の人材育成において大学教育ができることとして「学校という失敗が許される環境下での,高速なPDCAの回転」と,それに基づく「ゲーム開発に留まらないメタ認知」,そしてそれらを踏まえた「ゼロイチ人材の育成」がキーワードとして挙がったとのこと。
とくに大学における卒業研究や卒業制作が0から1を作り出す訓練になるため,重要であるという話になったそうだ。
また小野氏は,ゲームジャーナリストとしての自身の経験から見出した,ゲーム業界のループモデルを紹介。
まず消費者には「楽しい時間を過ごしたい」というニーズがあり,ゲーム企業各社は「ゲームという手段」でそれを叶えようとする。その中で各社は,「技術革新」という大きなムーブメントにどんな形で関わっていくかというところで差別化を図ろうとするわけだが,そこに新しいプラットフォームや新しいゲームデザインといったトレンドが生まれる。
そうなると,フォロワーが我も我もと多数参入して市場が広がって成熟していき,ある1点を超えると市場が停滞して勝ち組と負け組に二極化していく。
小野氏は,今がまさにその停滞し二極化している状態であるとし,その具体例として以下のスライドに示された項目を挙げた。そして,そうした状態に陥っている大きなポイントとして「次の成長市場が見つからない」,裏を返せば「新しいトレンドの創出が求められている」とし,そのために今はゼロイチ人材が求められているとの見解を示した。
そうした考え方を踏まえた事例として,小野氏が講師を務める東京国際工科専門職大学の取り組みが紹介された。同大学は,「AI」「IoT」「ロボット」分野と「ゲーム」「CG」分野において,従来の制度では人材教育が追いつかないという理由から,大学と産業界が連携し,実践的で即応性の高い人材教育を実現するべく設けられた新しい大学制度である。
小野氏によると,大学の学部4年と大学院の修士課程2年,計6年を4年にまとめるという実験的な制度で,そのため卒業に必要な単位の3分の1以上が実習や実技になっており,また教員の40%が実務家であるとのこと。
各教員は,それぞれの人脈や知見を生かしてさまざまな企業とコラボレーションを行い,そこに学生を実習という形で送り込み,企業と地域社会と大学が一緒になって人材教育をしているとのこと。
そうした取り組みが,ITとデジタルエターテイメントの技術で社会課題を解決できる人材を育成するべく,「デザイナー・イン・ソサイティ」というビジョンを掲げて進めていることも紹介された。
基本的に学生はゲーム開発に関することを学ぶのだが,卒業後は必ずしもゲーム業界に進む必要はない。社会のDX化が進む中,たとえばゲームエンジンなどの技術がノンゲームの領域に活用されているように,新しい領域を自ら開拓し,新しいビジネスを提案できるような人材の育成を目指しているという。
具体的な実習の例として,放課後等デイサービスと大学を往還するゲーム制作が紹介された。これは学生が放課後等デイサービスの施設で児童のケアをしつつ,彼らが何を喜ぶのかなどを観察し,理解した上で大学でのゲーム制作に活かすという実習だ。
どんなゲームにすれば児童が喜ぶかを考えてゲームを作り,うまくいけばOK,うまくいかなかったら「今度はこうしてみよう」と作り直して再び試すという高速なPDCAを行い,その過程でメタ認知を磨くことになるとのこと。
当初,この実習は4年生向けだったが,結果がよかったので2〜3年生の実習としても展開。現在は放課後等デイサービスだけでなく,高齢者向けのデイサービスなどへの応用を進めているそうだ。
クリエイター育成について
宮田氏からは,クリエイターズギルドが抱いている若手クリエイター育成に関する課題や,同社の実践が紹介された。
クリエイターズギルドが抱いている若手クリエイター育成に関する課題は3つあり,1つめは「なるべく早期での目標レベルの目線合わせ」である。すなわち,学生がプロのクリエイターを目指すにあたり,仕事として活躍できる基準レベル,もっと言えば世界で通用するレベルに達するにはどういった技術やノウハウが必要となるのか,早いタイミングで具体的に把握し理解することが必要だというわけだ。
自分に何が足りなくて,どんな技術を学ばなければいけないのか,また今の技術やノウハウは広範囲かつ専門・高度化しており,すべてを学ぶことは不可能なので,自分が向かう目標を達成するためには適切な取捨選択もしなければならない。
そのためには,クリエイター間の交流によって,プロのクリエイターや世界で活躍するクリエイターがどんな技術やノウハウを持っているかを,早い段階で知ることも重要となる。
2つめの課題は,「業界全体のノウハウをどう環流させるか」というもの。すなわち産業発展のためには,技術やノウハウについて,各社内での個別方針だけでなく,国内全体で環流させる技術戦略の方針作りが必要だというわけである。
また,そうした技術やノウハウは大手企業だけでなく,中小企業も持っているが,資本・組織的に育成にコストを割くことが難しいケースも少なくない。さらにはインディーゲーム開発者やフリーランスなど,個人で活動するクリエイターも増えている。それら技術やノウハウを業界全体として連結し,知識が積み重なる環境作りができないかというのが,宮田氏の言う課題である。
3つめの課題は,「業界を目指す優秀な若手を増やせるか」というもの。昨今はエンターテイメントが多様化し,ゲーム以外にも表現手段が増えているため,次世代のクリエイターがゲーム業界以外の業界を選択してしまう可能性も高まっている,そのため,魅力的なプロダクトだけでなく,職業環境としての魅力や,ゲーム制作自体の面白さを発信していく必要があるというわけだ。
またゲームはテクノロジーとエンターテイメントの複合体であるため,クリエイティブの受け皿としては柔軟性が高い。その可能性を業界全体で積極的に広げたり,狭義のゲームにとらわれないさまざまなアーティストや職人が参入することでゲーム自体が進化していったりすることにも言及がなされた。
それら3つの課題から,「発掘・育成・接続」×「(ゲームという媒体を含む)職業としての業界魅力」というテーマでゲームクリエイターズギルドが展開しているのが,学生を対象としたゲーム開発コンテスト「ゲームクリエイター甲子園」である。
まず発掘に関しては,ゲームクリエイターの裾野を広げるために,コンテストのハードルを下げ,参加する学生それぞれが自分なりの目標に向けてチャレンジできるようにしたことが示された。
また育成に関しては,コミュニティを形成することにより,作品の発表と,フィードバック・改善のサイクルが生まれる場を作り出した。
そして接続に関しては,大手企業はもちろん多数の中小企業の協力を仰ぎ,コンテストの受賞者だけでなく,なるべく多くの参加者がプロになれるような環境作りを模索しているとのこと。
東京藝術大学でのゲームとインタラクティブメディアの教育
桐山氏は,東京藝術大学大学院映像研究科にて,2026年よりスタートする予定の「ゲーム&インタラクティブメディア専攻」を紹介した。
同専攻が育成を目指すのは,「芸術と工学の能力を兼備する未来志向型の人材」「ゲームを現代における総合芸術と捉え,関連する技術の活用・応用を行える人材」「既存の概念にとらわれず,さまざまな分野とゲームおよびITを掛け合わせ,融合領域で活躍できる人材」「創作・研究をグローバル視点で捉えることができる人材」「社会実装を行える人材」が挙げられた。
また同専攻を修了した段階では,映像と技術の双方に関して高度な知識と技能を持ち,また芸術が核にあることから人の心に働きかける何かを作ることが大きな目標となることなどが紹介された。
加えて修了後の進路としては,ゲームクリエイターのほかにもコンテンツクリエイターや事業プランナーなどが挙げられた。
教育方針は,一般的な大学院と同じく,一人の教員が少人数を指導する体制を採用。カリキュラムは制作を中心とし,作品は複数の講評会(プレイテスト)を通じて,教員や外部の専門家などからフィードバックを受ける。
また作品は,一般に公開される展覧会などにも出展され,来場者からのフィードバックを得ることとなる。
パネルディスカッション
セッションの後半には,登壇者3名をパネリストとするパネルディスカッションも行われた。以下に,その一部を抜粋してお伝えする。
最初のテーマは,小野氏の言及した「ゼロイチ人材の育成」について。小野氏は大学の卒業研究において「優れた研究は,優れた問い」であり,まさにゼロイチであるあらためて指摘。また企業に入ってしまうとなかなか失敗できないが,大学では失敗してもフルスイングさえできれば許される環境であるところもメリットであると指摘した。
桐山氏は,仮説を立ててやってみたいことにチャレンジできるのが大学のいいところである半面,大学院は学生のために環境を整備したり,一緒に着地点を見つけたりすることしかできないとコメントした。
宮田氏は,たとえばノーベル賞を獲得するような研究は,よくゼロイチ的な見方をされるが,実際には多くの基礎研究や別の研究に積み重ねの上に生まれるものであることを指摘。
ゲームについても,そうした基礎研究や先人の挑戦の積み重ねがあって新しい価値が生まれるとして,連携や協力,学びが必要となるところに,大学の役割があるのではないかとの見解を示した。
次のテーマは,宮田氏が言及した「ノウハウの環流」についてである。宮田氏は企業と学校が連携する場合,企業はどうしても営利を追求することになるので,学校側が基礎研究の進め方をリードし,企業がそれに追随していく中で積み重ねが生まれていくとの持論を語った。
また企業の場合,どうしても目先の仕事をこなすことが優先になりがちで,ノウハウの環流を学問として盛り上げていくことは,相当に意識しないと難しい半面,本格的な取り組みとして発展できると面白いのではないかと展望を述べていた
小野氏は自身が研究したり論文を執筆したりするにあたり,先行研究のリサーチを行い,「ここから先は分かっていないから,新しいことをやってみる」というアプローチを採っていることを明かす。
また桐山氏が,そうした先行事例について知ることにより,研究者や学生が自身の引き出しを増やすことは重要であるとの見解を示すと,小野氏はゲーム産業が非常に速いペースで展開していく中で,知の環流やノウハウの継承を行っていくことは非常に重要な課題であると語った。
そのほかこのパネルディスカッションでは,ゲームのエンジニアとして活躍した人材が大学院に入って,既存品では実現できない機能を持つゲームエンジンを開発し自身のゲームを作り上げた事例や,ゲームクリエイターが本業の傍ら論文を書いているという海外の事例,異分野との交流によって現実世界のさまざまな要素をゲームに取り込み,新しい価値を生み出していくことの重要性などが語られていた。
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