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Comic Frontierで見えたインドネシアのクリエイティブシーン――世界第4位の人口を抱える巨大市場でゲーム開発者が語る課題と展望
かつては「新興国のゲーム市場」として語られることの多かったインドネシアだが,いまや個性的なゲームを生み出すクリエイティブハブへと変貌を遂げつつある。その変化の陰には,どのような背景があるのだろうか。
インドネシアは,世界第4位となる約2億7000万人の人口を抱え,ASEAN最大の経済規模を誇る。人口に対する若年層の比率が高く,急速なデジタル化が進み,ゲーム産業は転換期を迎えている。2024年11月9日と10日にインドネシアで開催されたイベント「Comic Frontier」の取材を通して,この巨大市場の現在と未来を探った。
東南アジアの新たなクリエイティブハブ
そんなインドネシアで開催された,創作物頒布イベント「Comic Frontier」(以下,Comifuro)は,開催初日となる11月9日の朝から長蛇の列が形成されていた。主催者は意図的にオンライン広告を最小限に抑え,DiscordやFacebookを中心とした口コミベースでの拡散を採用。この手法が功を奏し,インドネシア最大規模のイベントに成長し,今回は約4万8000もの人が会場に訪れた。
企業ブースエリアには,インドネシアで展開するグッズショップや本屋,決済サービス会社などが出展しており,中でも目立っていたのは,バーチャルアイドルJKT48Vなどを手がけるAKA Virtualのブースだ。男性アイドルVTuberグループSOL.4CEのグッズを買い求める人や,等身大パネルを撮影する人などで溢れていた。また,「コーヒートーク」などで知られる開発スタジオToge Productionsもブースを構え,グッズ販売コーナーや試遊台を設置していた。
サークルエリアは,自分達のサークルで作った漫画やグッズ(二次創作を含む)などを販売しているところがほとんどだ。中にはコスプレ用の衣装をオーダーメイドで作るサービスや,要望に応じてASMR動画などを作成するサービスといった,自分達が手掛けるビジネスを紹介しているところもあった。
日本語や韓国語で書かれた吹き出し風シールが頒布されていた |
抱き枕カバーやオリジナルプリントのTシャツを展示。画像データを持ち込めば,それを使ったものも作るというサービスも展開されていた |
企業エリアよりもサークルエリアのほうが盛況で,時間帯によっては移動もままならないという混雑ぶり。また,来場者のコスプレ率が高いように感じた。かつてのComifuroでは,トイレで着替えるコスプレイヤーが多く問題になることもあったそうだが,今はそのあたりのルールも整備されている。
ちなみに,宗教的な影響も大きいと思うが,肌を過度に露出する衣装を着る女性は皆無だ。したがって,その周りにカメラを持った人が群がって,会場内の人流が止まってしまうといったトラブルもなかった。
マレーシアのアーティスト,Olive Yong氏が手がけるWebコミック「Bichi Mao」のブース。インドネシアだけでなく,近隣諸国からの参加も見られた |
インドネシアを拠点とするイラストレーターのブース。事前に公式サイトで注文を受け付けるということをやっていた |
ジャカルタで活動するプロコスプレイヤーYukitora Keijiさんのブース |
読書コミュニティーサービス「DouDouDoujin」ブースでは,日本の作家の同人誌などを頒布していた |
巨大市場の可能性と課題
そんなComifuroには個人的に遊びにきているゲーム開発者も多い。今回は以下の5社に話をきけたので,開発会社が見るインドネシアのゲーム事情や,業界の課題,そして将来への展望などを紹介しよう(inngamezstudioのみ,こちらからオフィスにお邪魔した)。
・Toge Productions CEO Kris Antoni氏
・Gambir Studio Project Manager Rakaputra P氏
・Extra Life Entertainment FounderDuray Philip氏
・GINVO Studio Game Designer Sayyid Alfath氏
・Melon Cat CEO/Founder Royce Santo氏
・inngamezstudio CEO/Co Founder Filemon Jansen氏
「インドネシアの市場では,フリープレイゲームが主流で,海賊版も多いのが現状です。そのため,多くのインドネシアのデベロッパは国際市場向けに開発せざるを得ません」
2009年当時,Antoni氏は友人とともに寝室やガレージでFlashゲームを作るところからゲームの制作活動をスタートした。「正確に数えたわけではありませが,私の感覚としては,当時のインドネシアには開発会社が5社もありませんでした。それが今では100社以上に増え,私たちも56人のチームに成長しました」
特筆すべきは,インドネシアの国内市場の変化だ。「『コーヒートーク』の海外での成功は,国内にも良い影響を与えています。以前は海賊版が当たり前でしたが,今では正規版を購入し,さらには正規の関連グッズを買ってくれるファンが増えてきました。Comifuroなどのイベントでファンと交流し,グッズや正規版ゲームを販売する機会も増えています」
実際,Toge ProductionsはComifuro会場内にブースを出展しており,そこでゲームの試遊出展やグッズの販売を行っていた。Antoni氏は,「グッズは売れてほしいですが,それ以上にファンと交流できることに価値を見いだしています」と語り,ファンとの交流の重要性を説いた。
なお,Toge Productionsは社内で制作したゲームのプロトタイプを,Toge Productionsというのを伏せた状態で公開することもあるのだという。実際に遊んだ人の意見を聞いたうえで,その後の開発に生かすそうだ。
カフェを舞台に“甘くない”物語が繰り広げられる。異色のバリスタ体験アドベンチャー「コーヒートーク」プレイレポート
コーラス・ワールドワイドは,インドネシアの開発スタジオToge Productionsが開発するアドベンチャーゲーム「コーヒートーク」を2020年1月30日にリリースした。本作は夜間営業の喫茶店のマスターとして客をもてなしながら,彼らから語られる物語を楽しんでいくという作品だ。
デジタル化がもたらす機会と課題
「現在開発中の『ANEMORIE』は,英語,インドネシア語,日本語,韓国語,中国語でのリリースを予定しています。世界第4位の人口を誇る国内市場は魅力的ですが,まずは海外で評価を得ることで,国内での認知度を高めていきたいと考えています」(Jansen氏)
今回話を聞いたどのスタジオも,ゲームのリリース時は英語版を用意し,余裕があればインドネシア語にも対応させるという形が基本線で,開発規模によってはさらに対応言語を増やしている。また,リリース後にアップデートで言語を増やすというやり方も多い。
続けてRakaputra P氏は,より実務的な視点に触れた。「当社は16名のスタッフで,クッキングゲームからアクション,ファンタジー,ホラーまで,多様なジャンルに挑戦してきました。急速なデジタル化がインドネシアでも進み,モバイルゲーム市場は年率20%以上で成長しています。現在は海外パブリッシャと協力し,日本市場向けにKnight vs Giant※のローカライズとパッケージ版の展開も進めています」
※ Knight vs Giantは,「Knight vs Giant: アーサー王と壊れた聖剣」という邦題で,PS5とSwitch版が2024年12月12日にオーイズミアミュージオから発売される
なお,すべてとは言わないが,インドネシアの会社が開発しているゲームをリリース前に買い付けるのは,欧米のパブリッシャが多い。日本のパブリッシャは英語版の売れ行きをみて,そこから交渉し,日本語版のリリースという流れが主流になっている。
Melon Cat CEO/FounderのRoyce Santo氏も,より構造的な問題を指摘する。「インドネシアには『チキンエッグ問題(ニワトリが先か,卵が先か)』があります。良いゲームを作るには優秀な人材が必要ですが,その人材を雇うための資金がない。結果として,優秀な人材は,給与水準の高い海外に流出してしまうのです」
なお,インドネシア中央統計局の2022年の調査によると,インドネシアの平均月収は約307万ルピアで,年収に換算すると約3990万ルピアだ。日本円にすると月収は約3万円,年収約39万円となる。首都であるジャカルタの平均年収は約70万円と,ほかの地域よりも高い。
インドネシアは男女間,職業間でも給与格差が大きく,現地での通訳に話をきいたところ,ジャカルタにある,それなりの大学を出て,一等地にビルを構えるような企業に勤めた場合の初任給は6〜7万円程度だという。
だからといってゲーム機やPCが安いということはなく,日本とあまり変わらない価格で販売されているため,コンシューマ機やPCで買い切り型のゲームを遊ぶというのは,かなり贅沢な趣味だ。スマホは生活必需品でもあるので,生活費を削って購入する人が多く,スマホを使って無料で遊べるゲームをプレイするという流れになるわけだ。
インドネシア人の年収が低いということは,諸外国からみれば人件費の安い国となるわけで,海外の会社から仕事を受ける受託開発も多い。今回話を聞いたいくつかのスタジオも,受託開発で収入を安定させ(具体的なタイトル名などは守秘義務で明かせず),余裕が出たらオリジナルの作品にチャレンジするというところもあった。
いわゆるAAA級の大作となると分業制も進み,インドネシアのスタジオに発注されるのは,ゲーム全体のごく一部分となり,そのスタジオで働いていても,ゲーム開発全体の流れを経験するといったことは難しい。完全に下請けとしてしか機能していないスタジオもそれなりにあるという。
GINVO Studio Game Designer のSayyid Alfath氏は,「インドネシアには独自のレーティングシステムがありますが,あまり機能していないというのが実情です。ゲーム業界全体としての自主規制も発展途上ですが,開発者側で配慮すべき部分は確実に存在します」と語っており,現状はほぼ無規制といえる状態だという。
つまり,ゲームの表現規制は日本のほうが厳しい。ただ,これは規制の仕組みがまだできていないだけのようだ。地上波のテレビで放送されるアニメは,ドラえもんに出てくるしずかちゃんの水着シーンレベルでも水着にぼかしが入るという。数年前まではそういった対応はなかったそうだが,最近は厳しく規制されるようになったそうだ。どこかのタイミングでゲームの表現規制も厳しくなるかもしれない。
デジタル経済大国への道
しかし,インドネシアのゲーム業界の未来が暗いわけではない。Unity,Unreal Engineなどの無料でも使えるエンジンの普及により,開発のハードルは確実に下がってきている。デジタル経済の規模は2025年までに1300億ドルに達すると予測されており,ゲーム産業もその恩恵を受けることが期待されているのだ。
「政府も海外のゲームショウでのインドネシアパビリオン設置など,支援を強化しています。まだ規模は小さいですが,確実な前進です」(Antoni氏)
inngamezstudioのJansen氏は,2025年にgamescom,東京ゲームショウ,ChinaJoyへの出展を計画しており,「インドネシアのゲーム業界のスタンダードを上げることを目指しています。また,社会問題をテーマにしたゲーム開発にも積極的に取り組んでいきたい」と意欲を見せる。
Santo氏も,欧米では100万ドルの収益が「損益分岐点」とされている現状に触れつつ,「インドネシアならではの優位性もある」と指摘する。「インドネシアの制作コストはイギリスなどの4〜5分の1程度です。また,クリエイティブな才能も豊富です。問題は,その才能を国内に留め,育てていく仕組みをいかに構築するかです」と語っていた。
インドネシアのゲーム産業は大きな転換点を迎えている。人材育成や資金調達という課題は依然として存在するものの,政府支援の強化や開発環境の充実により,その解決に向けた土台は着実に形成されつつあるという。
Comifuroが,東南アジアでトップ3に数えられるイベントに成長したように,インドネシアのクリエイティブシーンの潜在力は計り知れない。無料,もしくは低価格で使えるデジタルツールのさらなる普及を考えると,この勢いはさらに加速していくだろう。世界第4位の人口と,急速に成長するデジタル経済を背景に,インドネシアのサブカル産業は,新たな発展のステージに向けて歩みを進めている。
確かに無料ゲーム中心の国内市場,人材の海外流出,資金調達の難しさなど,インドネシアが抱える構造的な問題は小さくない。しかし,低コストと豊富な人材という強みを生かしがら,グローバル市場を視野に入れた開発を進める企業が着実に増えている。
そして何より,インドネシアの開発者たちは,単なる受託開発や下請けに甘んじることなく,独自の作品作りに挑戦し続けている。その姿勢こそが,インドネシアのゲーム産業,そしてサブカルチャーの未来を明るく照らしていると言えるだろう。
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